抗議デモに軍?マティスにはなかったトランプの鋭い政治嗅覚

高橋 克己

Kelly Kline/flickr

白人警官による黒人男性圧殺に端を発した人種差別への抗議デモは全米に波及、これに乗じた略奪などを取り締まる警官との間で流血も起き、逮捕者は数千人に及ぶという。被害者の弟による平和的な抗議の呼び掛けで、暴力行為は一部鎮静化しつつあるとも報じられる。

トランプ大統領は、一部の暴力的なデモの背後にいるとされるアンティファ(anti-fascist)をテロ組織と名指し、首都ワシントンに数千人の重武装兵や警察を動員するとして、市長や知事が事態を収拾できなければその他都市でも同様の措置を取ると表明した。

3日のロイターは、州兵トップの話として、18,000人の州兵が全米29の州で地元警察などの支援に当たっていること、および米国防総省が2日、ワシントン首都圏に陸軍兵士約1,600人を配置したと明らかにしたことを伝えた。

軍配備の話が出るや、シリアやアフガンから米軍を撤収させるとするトランプとの意見の違いで更迭されたとされるマティス元国防長官が、辞任後初めて口を開いた。3日に発言全文を掲載した米紙アトランティックによれば、マティス発言のポイントは次のようだ。

  • 最高裁判所の壁に刻まれた「法の下の平等」という言葉は、抗議者らが正当に要求していることだ
  • 少数の法律に違反する者に気を取られてはならない
  • 国内では、稀なケースとして州知事から要請された場合のみに、軍を使用する必要がある
  • 軍で対応することによって、軍と市民の間にいわれのない対立(false conflict)が生じる
  • 公の秩序を守ることは、抗議者のコミュニティを良く理解して彼らに答えられる文民の地方リーダーに掛かっている

マティスの言わんとするところは、少数の暴力集団に気を取られて、国家として軍を出動させるような挙に出れば、軍と市民の無益な対立が生じてしまう。ここは抗議者らに近い各地方のリーダーに、各々の秩序を守ることを任せるべきだ、ということのようだ。

如何にも理知的で生粋の軍人らしい発言と思う。が、同時にやはり政治家ではないなあ、という印象を持つ。

国防長官時代のマティス氏とトランプ大統領(Chairman of the Joint Chiefs of Staff/flickr)

一国を預かるトランプにしてみれば、武漢発のコロナパンデミックも戦争なら、アンティファの背後に中国の影がちらつく一部の過激な暴動もまた、テロであり戦争ということではないのか。

折しも中国は、天安門事件31周年に備えたか、香港への国家安全法導入を全人代で採択、香港を雁字搦めにして記念集会も封じた。中国外交部の報道官は、米国の暴動をあざ笑うかのように、米国は香港でのデモ取り締まりを非難しながら、自国の抗議デモは強圧的に抑え込んでいる、と述べた。

トランプにしてみれば、なぜこの時期に余計な事件を起こしたのかと、ミネアポリスのポリスに怒り心頭に違いない。それだからこそ、一刻も早く鎮静化させる必要がある。もちろん、トランプも馬鹿じゃない。実際に軍に行動を起こさせるまでのつもりなどなく、各州知事への叱咤の意味が強かろう。

エスパー国防長官の腰の据わらない言動も報じられた。例えば4日の朝日の「米国防長官、デモ鎮圧の軍投入に反対 トランプ氏と一線」と見出し記事だ。だが、3日のPolitico紙を読むと、朝日が事の一面しか伝えていないことが分かる。Politicoによれば真相は次のようだ。(太字は筆者)

エスパーは、3日の早い段階で、必要なら不安に対処するべく首都圏に連れてきた第82空挺部隊の即応部隊200人に、あと2日間DCで平和的な行進をして本拠地に戻るように命じた。だが、AP電によると、ホワイトハウスや国防総省での議論の結果、彼は数時間後に突然この決定を覆したというのだ。

エスパーはこれらの議論の前には、「反乱法の発動を支持しない」、「現役部隊を使う選択肢は、最後の手段として最も緊急かつ悲惨な状況でのみ使用されるべきで、我々は目下その状況にない」と述べた。因みにトランプの軍動員発言も「市や州が必要な措置を取るのを拒む場合」との前提付きだ。

Politico紙は、ホワイトハウス補佐官二人と、それとは別の先の議論に近い2人の話として、「エスパーは、大統領と明確に矛盾しなかったものの、メッセージと力強い口調という間違ったやり方で、ホワイトハウスの一部をイラつかせた(rub)」と伝えている。

そこで「反乱法」。合衆国憲法は、連邦軍の国内法執行への関与を禁じた「民警団法」を反映して、各州内の秩序を維持する権限を州知事に委ねている。が、「反乱法」はこの例外を定めて「民警団法」に編み込まれ、法の正常な執行を阻む「内乱」鎮圧に大統領が連邦軍を派遣することを認めている。

そしてトランプ大統領が軍出動を口にし、職業軍人マティスがそれを批判し、エスパー国防国長官も結局はトランプの意向に従った。筆者は、エスパーの3日のreverse(翻意。Politico紙)の背景に、その日朝に報じられた世論調査結果がもたらしたホワイトハウスの強気があると考える。

ロイターは3日、「【世論調査】アメリカ人の過半数が米軍による暴動鎮圧を支持」との見出し記事で、調査会社モーニング・コンサルトが5月31日から6月1日に実施した世論調査で、抗議活動や暴動の取り締まりに軍隊を警察と共に動員することに58%が賛成で、反対は30%にとどまったと報じた。

内訳は、33%が軍隊の派遣に「大いに」賛成、25%が「ある程度」賛成と回答、一方、軍隊動員に「大いに」反対は19%、「ある程度」反対は11%だった。政党支持者別では、共和党支持者の77%が賛成、民主党支持者でも48%が賛成、無党派層も52%が賛成している。

ミニアポリスのフロイド氏死亡への抗議デモ(Dan Aasland/flickr)

一方、CNNも3日、いくつかの世論調査結果を報じた。ニュースサイトのアクシオスと調査会社イプソスが2日午前に発表した「自分や家族が警察に守られているとの信頼感」に関する調査では、信頼感を持つ者が69%で、白人では77%を占めたのに対し、黒人では36%にとどまった。

またモンマス大学が2日午後に発表した調査結果では、デモ隊が示している怒りについて、少なくとも一部は正当だと考える人が78%に達した。デモ隊による行動の少なくとも一部は正当だとする回答は54%だった。

CBSニュースと調査会社ユーガブの調査によると、警察は黒人より白人に甘いとする回答が全体の57%、公平に対応しているとの回答は39%だった。人種別では、白人に甘いと感じる白人は52%、黒人は78%。党派別では、公平と答えた人は共和党支持者の61%に対し、民主党支持者では17%にとどまった。

この調査で事件や抗議デモへのトランプの対応を支持すると答えた人は32%、支持しない人が49%だった。また、トランプが白人を優遇しているとの回答が全体の約4分の3を占めた。

確かにCNN報道の調査では、警官への不信感やデモ隊の怒りの正当性、あるいはトランプの黒人への差別イメージについて、政権に厳しい結果が出た。が、これはこの大統領に限ったことでない。他方、軍の動員についてのロイターの報道は、「大いに」と「ある程度」を含めた支持が58%の高率を占めた。

無党派層の支持も過半を超え、民主党支持者ですら48%の支持だ。この結果には、暴徒化した一部による目に余る略奪、トランプによるアンティファのテロ指定、加えて生物兵器テロを連想させるコロナパンデミックでの中国に対する党派を超えた強い怒りが反映されているに相違ない。

かつて奴隷国家であり、1984年の新公民権法までは公然とあった「人種差別」は、確かに米国の原罪だ。だが米国は、今もその原罪と戦っていることを中国のように隠蔽しない。それが法に基づく限り、国民も自由に自分の意思を表現できる。よって、中国の批判は全くのお門違いだ。

そして、中国では行われない選挙で選ばれたトランプは、いち早くアンティファをテロ組織に指定、必要とあらば軍の出動すら示唆し、民意もそれを支持した。トランプのおそらく動物的なこの政治嗅覚は、職業軍人のマティスにはないということだろう。