EUに第3グループが生まれた

長谷川 良

写真AC

欧州連合(EU)のミシェル大統領は21日、新型コロナウイルスの感染拡大で停滞を余儀なくされた加盟国の国民経済の再建策で合意した後、「われわれは共同責任と連帯を示した」と5日間に及んだ臨時首脳会談の成果を自賛した。

27カ国の首脳たちは「会議の破綻」という最悪のシナリオを回避したことでEUという「共同体の責任」を果たしたことは事実だ。首脳会談の破綻といったシナリオはメディア好みのテーマだが、27カ国の首脳の頭の中は国益重視と政治的メンツを保つことで一杯だったはずだ。首脳会談はどのようなプロセスを経たとしても合意する以外に他の選択肢がなかったからだ。

問題は「連帯を示した」という点だ。それは明らかに外交辞令だろう。新型コロナの感染拡大で加盟国は程度の差こそあれ、ブリュッセルからの経済復興支援は不可欠という点で一致していたが、その復興基金を構成する「補助金」と「融資」の割合問題で「連帯を示した」とは言い切れない。マクロン仏大統領は会議の合意を評価する一方、その内容が自身が願っていたプランとかけ離れていたこともあって、満足な表情を見せずにパリに戻っていった。

今回の臨時首脳会談は5カ月ぶりの対面形式の会議だった。そのうえ、今年下半期議長国のドイツのメルケル首相の政治手腕が期待された。EU首脳会談は過去、メルケル首相とマクロン大統領の独仏首脳間の合意内容を他の加盟国が追認する形で進行してきたが、今回は加盟国で路線の違いが鮮明だった。総額7500億ユーロの経済再建策で加盟国に交付される補助金が5000億ユーロから3900億ユーロに減額される一方、返済義務がある融資による支援額は増額された。

マクロン大統領は舞台裏では「補助金が4000億ユーロを下回った場合、絶対に受け入れない」と警告してきたが、結局は3900億ユーロに落ち着いた。ということは、マクロン大統領の警告は成果をもたらさなかったことになる。

ここでは臨時首脳会談の「EUの連帯」について少し考えてみた。明確な点は、EU27カ国は緊急課題である新型コロナ対策で合意したことで責任を果たしたが、「EUの連帯」の結果とはいえない。現実はEU加盟国が3つのグループに分かれてきたことを端的に示した最初の首脳会談となったのだ。

メルケル首相とマクロン大統領の「独仏2大首脳主導支持グループ」に対し、今回の復興基金の交渉で浮上してきた財政規律重視派のスウェーデン、デンマーク、オランダ、そしてオーストリアのEUの小加盟国「4カ国グループ」はニューカマーだ。これまで独仏2大首脳主導支持グループと、ブリュッセルから「司法の独立」、「言論・非政府機関の自由」を損なっているとして法治主義、民主主義の欠如で常に糾弾されてきたハンガリー、ポーランド、スロバキアなどの「旧東欧グループ」に分かれてきた。

そこに第3のグループとして登場したのが今回の「4カ国グループ」だ。近い将来、スロベニア、クロアチア、ブルガリア、ルーマニアなどのバルカン加盟国が政策で結束すれば、EUは4グループに分かれるかもしれないが、現時点では3グループだ。

1)独仏主導支持グループ
2)4カ国グループ(スウェーデン、デンマーク、オランダ、オーストリア)
3)旧東欧グループ(ハンガリー、ポーランド、スロバキア等)

オーストリアのクルツ首相は首脳会談後、24日付の独紙ヴェルトとのインタビューの中で、「交渉は予想以上の成果をもたらした」と復興基金で融資額が増えたことを歓迎する一方、EU予算に拠出した分担金を払い戻す「リベート」分が増えたことを率直に喜んだ。例えば、オランダは約19億ユーロのリベートを得ている。

EU「4カ国グループ」のオーストリアのクルツ首相(オーストリア連邦首相府公式サイトから)

クルツ首相は、「われわれEUの小国は今後も結束し、大国との交渉に臨んでいきたい」と述べ、4カ国の結束はEUの予算問題だけではなく、他の問題でも持続的な結束を図っていきたいと主張している。例えば、難民政策でも4カ国は結束してブリュッセルとの交渉テーブルに臨み、EU統合の難民政策を目指していきたい意向を示唆している。独仏両国にとって手ごわい交渉パートナーだ。

クルツ首相は、「4カ国の財政規律重視はEUが恒常的な債務国同盟となることを拒否してきたドイツ政府の政策と本来一致している」と説明し、ドイツ側に理解を求めている。

なお、欧州議会は23日、首脳会談の再建策に同意を表明する一方、「2021~27年の次期中期予算案」の承認を留保している。その理由は気候変動対策や技術革新などに割り当てられるはずだった予算がカットされたことへの不満だ。復興再建策は欧州議会と各国議会の承認が必要だ。

EU委員会のジャン=クロード・ユンケル前委員長(65)は独週刊誌シュピーゲルとのインタビューの中で、「新型コロナ危機でEU加盟国で連帯感が芽生えてきた。政府は国民経済に関与することは良くない、市場経済の原則に委ねるべきだと考えてきたが、国家はここにきて新型コロナ危機を克服するために国民経済に積極的に関わってきた」と指摘し、「加盟国の国家意識の高揚は加盟国間で連帯感がある限り、悪いことではない」と述べ、コロナ禍を通じてEUは以前より結束と連帯感が生まれてきたと建設的に評価している(「コロナ危機で『良き欧州人』になった」2020年7月10日参考)。

その連帯が実際、存在せず、加盟国の国家意識だけが表立ってくれば、EUの存続は危機を迎える。EUで3グループ化の動きが浮上してきた現在、グループ間の調整が今後、大きな課題となる。

新型コロナ危機はEUの新生のチャンスだが、同時に、存続の危機だ。加盟国の中ではハンガリーやギリシャが中国に傾斜、イタリアもその傾向が見られるなど、EUは対中政策においては、既に分裂している。EUは本来、経済復興基金が合意したと喜んでいる時ではないのだ。繰り返すが、臨時首脳会談で27加盟国が3分裂化する傾向が見られだしたのだ。


編集部より:この記事は長谷川良氏のブログ「ウィーン発『コンフィデンシャル』」2020年7月26日の記事を転載させていただきました。オリジナル原稿を読みたい方はウィーン発『コンフィデンシャル』をご覧ください。