金融規制・監視行政の今後:SEC(アメリカ証券取引委員会)の大黒星、そして日本の官僚制度改革 - 矢澤豊

2009年02月28日 00:59

オバマ新政権のスタート直後、早くも政局的に派手な大騒ぎとなった景気刺激対策法案と一連の財政政策出動。その影で目立っていませんが、オバマ大統領の下、今後長期的な「アメリカ発」の流れとして、金融業界に対する規制・監視行政の改善政策が重要度を増してくるでしょう。

この動きには三つのレベルで大きな「追い風」が吹いていると考えられます。


まず第一には過去の米共和党政権下における自由放任主義との決別というする新政権による積極的政策の舵取り。

次にやむにやまれぬ政府の金融機関に対する緊急出資により、結果的に政府が否応無しに直接これら金融機関のガバナンス問題にかかわることになってしまったということ。

そして今回の暴落によって次々と明るみに出てきた詐欺事件、いわゆる「ホワイト・カラー犯罪」により暴かれた、現行の金融司法行政の情けない現状。

これらの金融詐欺事件の目下の代表格である「スタンフォード事件」と「マドフ事件」は図らずもそれぞれにこれからの金融規制・監視行政が向かうべき方向を示唆していると言えます。(両方とも現在捜査進行中。)

事件発覚後まだ間もないため、その全容はまだはっきりとしていませんが、「スタンフォード事件」はアメリカの実業家、スタンフォード氏が、カリブ海のタックス・へイヴン、アンティグアに本拠地を置いた投資銀行を通じて投資家を募り、集めた資金を不当な投資により失い、結果として投資家に対して償還不可能となったとされる事件です。

先週発覚したこの事件によって今後数年間の動きを卜するのは危険かもしれません。しかしこの事件が明らかに指し示すのは、現行の国家単位による金融規制・監視行政が、実体経済よりも一足も二足も先にグローバライズされてしまった金融ビジネスに対応しきれておらず、「投資家保護」という当局の一番のお題目もまともに達成できていないという事実です。

「スタンフォード事件」における(と思われる)「投資ビークル」としてのオフショア利用だけでなく、今回の金融危機の引金ともなった証券化商品の爆発的発展により、こうしたオフショアの利用はここ10年間の間に高度に発達しています。お金(liquidity)の動きのほとんどはオフショアに構築されたパイプラインを巡っており、監視当局の目が直接とどくオンショアの部分は「蛇口」だけというのが現状です。

今後、「スタンフォード事件」のような投資家被害からの後押しと、従前こうしたタックス・ヘイヴンの代弁者としてその存在を保護するロビー活動を行ってきた投資銀行の発言力の低下に伴い、より国際的な金融規制・監視の協力とそのシステム構築が国際的議題として上がってくるものと思われます。

そうした中で、「失われた10年」以来、「国際」といえばBIS関連の問題に偏重してきたと思われる日本の金融庁にも思考の変換が必要ではないでしょうか。また国策的な意図で「投資家保護」と「資本市場への介入」をはき違えていたかとも思われる検察当局にも、新たなアプローチが求められてくるでしょう。

史上最大500億ドル規模のネズミ講事件といわれている「マドフ事件」に関しては、10年近くも前から民間より詐欺の疑惑通報を受けていながら、なんら行動を起こさなかったSECに批判が集中しています。

SECの執行責任者、リンダ・トムセン女史は事実上の引責辞任。上院ではシューマー(民主党ーニューヨーク)とシェルビー(共和党ーアラバマ)が金融詐欺捜査を強化するべく、FBI、司法省、そして証券取引委員会(SEC)への増員と予算加増を提案する法案を提出しています(関連記事へのリンクはコチラ:)。

しかし人員を増加しただけで解決できる問題とは、とうてい思えません。

原則として政権交代とともに人員交代が行われるSECのトップ職員それぞれの頭には、4年間、最長でも8年間の宮仕えを済ませた後は、より有利な条件でウォール・ストリートの高給取りポストに返り咲こうという考えがあったであろうことは想像に難くありません。またそうした職員たちの干渉によって、自他ともに認めるウォール・ストリートの顔役であり、ナスダックの会長であったマドフ氏に対する矛先が鈍ったこともまた避けがたい事実でしょう。

こうした官吏の利己的な態度を批判することは簡単ですが、建設的とはいえないでしょう。大量の聖人君子を必要とする行政システムは非現実的ですし、非効率的です。

これは現在、日本で行われている官僚の天下り規制に関する議論にも通じる問題ではないでしょうか。

水戸黄門よろしく、天下の副将軍がふらりとやってきて、木っ端役人や悪徳商人を懲らしめるだけ懲らしめてまたいずこへとも去っていくという、小市民的無作為な善政期待は、お茶の間のカタルシスには適当かもしれません。しかし国政を預かる人たちは、木っ端役人や悪徳商人の番頭や手代のその後の身の立て方も考えてあげなければなりません。今の政治家には「ご隠居様」の一方的な勧善懲悪ではなく、旧幕臣に官吏登用の道を開いてあげた大久保甲東のヴィジョンが必要とされているのです。

助さん格さんぐらいの役回りが精一杯といった観のある現在の政界をみるにつけ、はなはだ心もとない現状ではありますが、今回のSECの例を他山の石とし、「有能かつ有為の人材を有効に活用できる道をしく」という政治の本道をしっかりとわきまえた、より建設的な議論が行われることを期待します。

矢澤 豊
香港在住ー英国法廷弁護士

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