携帯通信業界は閉鎖的か? - 松本徹三

2009年04月17日 12:50

これまでのブログでも何度か触れてきたことですが、「携帯通信事業者が閉鎖的で、コンテンツの囲い込みをしようとしている」という議論の多くは、「携帯端末がパソコン同様の能力を持つようになっている現在、家で使っているインターネットと同じビジネスモデルが適用されて然るべきだ」という考えに基づいているように思われます。しかし、「膨大な伝送能力をもった光ファイバーなどの有線でつながれているインターネット」と、「希少な無線資源を多くの人が共有して使う携帯インターネット」を、全く同じように利用することには、もともと無理があることが理解されなければなりません。


そもそも、現在の携帯通信システムは、広域に広がる様々な環境下で電話が出来ることを主目的として開発されたものです。そのうちに、電話だけでなく、ある程度のデータ通信も出来る形になり、更により高速なデータ通信を可能にする新しい技術が導入されてきました。しかし、このシステムの主眼は、あくまで「様々な環境下での通信を保証する」ことにあり、これこそがユーザーにとっての最大の魅力であることに変わりはありません。

これに対し、同じ「無線通信」のシステムであっても、無線LANは「有線網の最後の接続を無線で行う」ことが主眼であり、利用環境が限られていることを前提に、より高速でより安価であることを追求してきました。無線区間が短距離であることは、より安定した高速通信を可能とするばかりでなく、同じ無線を使う利用者の数が限られていることを意味します。家で使う無線LANなどの場合は、「利用者は自分だけ」というケースが多いのが普通です。言ってみれば、無線LANというものは、本質的には有線の通信システムに付属する「補助的なシステム」と言ってもよいのかもしれません。

今後、携帯端末がこれまでの「携帯電話機」から「携帯インターネット端末」へと進化していくことに疑いを持つ人はいないでしょうが、何時でも何処でも、様々な環境下でこれを快適に使おうとすれば、家で無線LANでつながれた端末を使うようにはいかず、様々な制約が課せられなければならないことを理解している人は、意外に少ないようです。

携帯通信システムが「同じ無線回線を多くの人が一緒に使うシステム」である限りは、誰かがこの制約のあり方を決め、常時それを管理していかなければならないのは当然です。そして、この役割を担うのは、「ネットワークを保有し運営する携帯通信事業者」を措いてはありえませんから、彼等が、しばしば「色々な制限を課する嫌な奴等」として、怨嗟の対象になるのも、ある程度はやむを得ないことです。

一方で、携帯通信事業というものは、「ある程度は寡占的にならざるを得ない」という宿命も負っています。無線周波数というものは、「ある程度まとめて使わなければ効率が悪くなる」という性質を持っていますし、通信サービスというものには、「広域をシームレスにカバーしなければ、ユーザーを満足させることは出来ない」という性格があります。従って、「周波数や地域をぶつ切りにして、多数の事業者を並存させて競争させる」のは困難です。そして、広域をカバーするネットワークを建設し、その保守をしていくとなると、これには膨大な資金と経営資源を必要としますから、この業界は、生まれながらにして、ある程度「寡占」にならざるを得ない宿命を負っているのです。

日本では、NTTドコモ、KDDI(au)、ソフトバンク・モバイルの3社が、業界大手として競合し、これにイーモバイルとウィルコムが独自の分野を開拓すべく頑張っているというのが現状ですが、米国では、ベライゾンとAT&Tの二強をスプリントとT-Mobileが追う状況、英国では、Vodafone、Orange、Telefonica/O2、3(Hutchison)の4強が競い合い、他の欧州諸国も大体3-4社が競合している状況です。韓国は、初期には殆ど独占状態だったSKTを、KTF、LGTの2社が、国から様々な助力を得ながら追っており、中国では、圧倒的に強かったChina Mobileに真っ向から対抗できるよう、国が業界再編を主導して、China TelecomとChina Unicomの二大勢力を新たに作り上げたところです。

新しい周波数の割当などが話題になると、いつも出てくるのは、「公開入札にして誰でもが参入できるようにすればよい」という議論ですが、率直に言って、私は、「実際に投資しない人は気楽な議論をするものだなあ」と、いつも感じています。

歴史を振り返ってみても、通信事業が自由化されたときには、真っ先に「第二電電」を作った京セラの稲盛さんに続いて、JR、電力会社、トヨタ自動車、更には新日鉄や日産自動車などの巨大企業が、次々に参入してきたものの、その後の推移を見ると、合併・統合か、或いは撤退が相次ぎ、当初の思惑のような「百花繚乱」には程遠い現状になっています。衛星通信に至っては、大手商社が競い合って、一時は三社鼎立かと思われたときもあったのですが、結局はJSAT唯一社になり、ここにCS放送のプラットフォーム会社であるスカパーまでが合流しました。

つい最近までは、「周波数さえ取れば、何とかなる」と安易に考える人達もある程度いたようですが、もはやそんなに能天気な人はいないようです。「新技術」は、ある程度の「規模の利益」を既に確立した既存業者に対抗する為の、一つの道具ではありますが、天地をひっくり返すような新技術は、新聞雑誌の誇張記事以外には、もはや見出すべくもないのが現実です。

それが証拠に、2GHz帯では、15MHz幅のTDDの周波数免許がいつでも出せる状態にあるにもかかわらず、一旦取得した免許を返上して消えて行ったIP Mobileという会社の後には、誰も手を上げる人がいません。このことで、「貴重な周波数を遊休させている」として、「総務省の不手際」をなじる人もいますが、これは全くあたらないと思います。「手を上げる人がいない」という「現実」は、「実際に事業を行うということは、そんなに生易しいものではない」という「現実」を示しているに過ぎないのです。

さて、私が何を言いたいかと言えば、「色々な議論は結構だが、『携帯通信事業は寡占状況にならざるを得ない宿命を持っている』という現実を理解した上での議論でなければ、あまり意味がない」ということです。寡占体制になると、ある程度の弊害が出てくるのは事実でしょうが、そうであるならば、「具体的にどんな弊害があり、どうすえばそれが是正できるか」を、建設的に議論することこそが必要です。

この為の最良の方法は、「寡占体制故に、『ユーザーが当然享受すべきメリット』が害われている」という事実があるかどうかを、そして、このことだけを、徹底的に検証することです。サプライヤーの視点から考えれば、色々な思惑が渦巻いて、複雑な議論になるでしょうが、ユーザーの視点から考えれば、問題は単純化できます。およそ全てのビジネスは、最終的には「ユーザーの支持を得る」競争であることを考えれば、最初からこのことに思いを致すのが、関係者全員にとって、最良の方法と思えてならないのです。

考えてみると、寡占体制というものは、何も通信事業に限ったことではなく、「大体どんな産業でも、長年の競争の結果、最終的にはそのような状況に落ち着くものらしい」という
ことが言えるようです。それは、「規模の利益」というものが、どのようなビジネスにもあるからでしょう。

分かりやすい例では、ビール業界は、アサヒとキリンの二強をサッポロとサントリーが追う状態ですし、「地域的にもっと数多くの会社が百花繚乱状態になっていてもよいのでは」と思われるコンビニ業界でさえもが、セブンイレブン、ローソン、ファミリーマートの三強体制です。ビール業界については、「地ビール解禁」などといったことはありましたが、このような「寡占状態」が「ユーザーの利益を害する大きな問題」として議論されたことはありませんでした。

但し、通信事業には一つだけ他の産業にはない特殊事情があります。それは、元々がNTTの独占事業であったものを、「これではいけない」ということで、国家政策として人工的に競争状態を作り出そうとしてきた業界だということです。(このことについては、他国も殆ど全てが同様です。)いつも同じ結論になって申し訳ありませんが、「実質的な独占」や「独占に近い寡占」は、何としても打ち崩し、他の業界並の「普通の寡占状態」に持っていくことが、先ずは何よりも重要であることを、あらためて申し上げたいと思います。

松本徹三

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