価値破壊的な活動は抑止されなければならない--池尾和人

2009年09月30日 13:00

これは、先の池田さんの記事に対するコメントですが、池田さんも書かれていたようにライブドアのコメント欄は800字以内なので、記事として書きます。

情報の非対称性の存在を前提にすると、ミドルリスクの貸付市場というのは、安定的には存在し難いものだと考えられます。要するに、ハイリスクの借り手とミドルリスクの借り手を識別できないと「レモン問題」が起きて、ハイリスクの貸付市場しか成立し難くなります。もちろん実際は、担保を差し出せるその他のシグナルによって自らがローリスクであることを示せる借り手に関する市場は存在することになりますから、ローリスク向けの貸付市場とハイリスク向けの貸付市場に2極化するのが、理論的には、最も起こりやすい状況だと考えられます。


それでは、商工ローンとかがやっていたビジネスは、いったい何なのかということになります。商工ローンのみならず、ほとんどのノンバンクについて、一般の銀行に比べて、とくに審査能力が優れていて、ミドルリスクをハイリスクから識別できたとは考えられません。そもそも、商工ローンのマーケティングは、事前審査に力点などおいておらず、きわめて簡便な手続きで融資を実行するというものですから、リスクの識別に優れているとはとても思えません。

にもかかわらず、商工ローンがミドルリスク向けに貸付を行っていたのは、「取り立て」に自信があったからです。一般に金融取引は(現在借りて、将来返すという)異時点間にわたるものですから、その取引条件が価格(約定金利)だけであるようにみなすのは、基本的に間違っています。価格(約定金利)とともに、債務不履行時にどのような取り扱いを受けるかも、重要な取引条件になります。この債務不履行時の取り扱いに関して、普通の銀行は、法律上の制約や評判への配慮があって、一定限度の措置しかとれません。しかし、商工ローンは、そうした限度を遥かに超えた措置(その有名な例が「腎臓売って金返せ」という脅し文句)をとるわけです。

一、二年前に小林慶一郎氏が新聞に紹介記事を書いていたので、ご存じの方もいるかもしれませんが、かつてハーシュライファー(Hirshleifer)が、経済活動には production と conflict の2種類があると指摘しています。私が学生に説明する際によく使う例でいうと、学生が1万円の所得を得るには、例えばコンビニでバイトをして稼ぐ(production)と、親に泣きついて仕送りしてもらう(conflict)という2種類があります。あるいは、conflict という表現そのものであるような後者の例をあげれば、下級生を脅してカネを巻き上げるというのが考えられます。

個別の観点からすると、どちらも1万円の所得が得られるという点では同じですから、効率のいい方を選ぶことになります。すると、丸1日コンビニでバイトをするよりも、親に電話をする(あるいは、かつ上げをする)ということになりかねません。しかし、社会的な観点からすると、これら2種類の経済活動の意味は全く違います。前者は、新たな付加価値を生むといえますが、後者は、再分配に過ぎずパイを増やさないだけでなく、その再分配を実現するために費やされた労力は価値を生まないという意味で、むしろマイナスになります。

要するに、前者(production)は価値創造的で、後者(conflict)は価値破壊的な活動なわけです。ハーシュライファーは、多くの経済学者は経済活動というと前者のようなものしか想定せず、後者の存在を無視してきたと批判しています。しかし、既述のように、個別的には後者の方が有利で後者を選んでしまうということがあり得ます。それゆえ、後者のような経済活動を抑止するようなルールの導入などの制度設計が必要になります。後者のような活動をどれだけ封じ込められるかは、効率性の観点から決定的に重要です。なお、ハーシュライファーは、前者の活動を支える技術を technology of production と呼び、後者の活動を支える技術を technology of conflict(あるいは、technology of struggle)と呼んでいます。

かつて貸金業者や商工ローンが行っていた「厳しい取り立て」というのは、この闘争技術の1種であり、そうした技術が行使されると、社会的には価値破壊的な効果が生じると私は考えています。この取り立て技術は、前に述べたように、人間関係のような通常は譲渡不可能(non-transferable)な資産を無理矢理に譲渡可能(transferable)にする技術で、回収される価値よりも、その過程で失われる価値の方が遥かに大きい価値破壊的なものだと判断しています。こうした闘争技術の行使は抑制されなければなりません。

これは、念のために言いますが、効率性の観点から必要だといっているので、借り手が可哀想だとかなんとかといった話をしているわけではありません。むしろサラ金や商工ローンに手を出す借り手は愚かだと個人的には思っています。ただし、いくら借り手が愚かでも、商売としてやっている貸し手の側がまともだったら問題が起きるはずがない。それゆえ、問題の原因は貸し手側に大いにあるという理解です。そして、前に書いたように「原因は『厳しい取り立て』にあるので、本当はそれだけを禁止できればいいのですが、立証可能性等の問題を考えると、取り立て規制の実効化(enforcement)はきわめて難しい」、それゆえやむなく金利上限規制や総量規制を導入するということになったわけです。

したがって、「現状が最善でないことは当然で、次善どころか三善以下でしかない可能性も高いので、繰り返しになりますが、もっといい解決法があるということでしたら、是非ご教示下さい」といっているのだけれども、より効果的に闘争技術の行使を抑止する代替案は示してもらえていない。闘争技術が行使される可能性がない場合には、当事者が自発的に合意している限り、50%の金利であろうが、100%の金利であろうが、自由にやればよい。しかし、闘争技術が行使される明らかな危険がある時に、そういうわけにはいかない。この点を無視して議論してもらっては困るわけです。

なお、木村剛さんの日本振興銀行は、SFGC(旧・商工ローン)から債権譲渡を受けただけでなく、SFGCの社員を中途採用して、引き続き実質的に同じ業務を続けさせているようです。日本振興銀行も、新銀行東京と設立の趣旨は同じようなものだったのに、後者がボロボロになったのに対して、たくましくやってらっしゃる。さすが、「金融道」を分かっているのですね。

アゴラの最新ニュース情報を、いいねしてチェックしよう!

関連記事

アクセスランキング

  • 24時間
  • 週間
  • 月間

過去の記事

ページの先頭に戻る↑