先週土曜日(1月13日)、NHK、毎日などで「安倍派幹部刑事立件見送り」と報じられたことで、国民の怒りが爆発している。
X(旧ツイッター)などのSNS上では、「安倍派幹部の立件断念」「地検特捜部」などがトレンド入りし、検察への批判、不満、失望、絶望などの夥しい数の投稿が並び、「#検察は巨悪を眠らせるな」、などのハッシュタグの投稿も膨大な数に上っている。
昨年12月には、検察リークと思える報道で安倍派幹部の閣僚級国会議員の名前が次々と報じられ、年末には、安倍派、二階派の事務所に対して捜索が行われたことで、検察捜査に対する期待は最高潮に達し、「安倍派幹部は全員逮捕」などの声まで上がっていた。そのような検察捜査への期待が、突然の「安倍派幹部の刑事立件見送り」の報道で一気に冷や水を浴びせられたことで、ネット上の批判が凄まじいものとなった。
そして、1月16日、処分の見通しについては沈黙していた読売新聞も、「安倍派幹部7人不起訴へ、会計責任者との共謀認定できず」と報じ、派閥幹部の不処罰が確実なものとなったことで、世の中の反応は一層激しくなっている。
このような「政治資金パーティー裏金問題」をめぐる状況に関して、国民は何に怒り、不満を爆発させているのだろうか。
直接的には、「当然処罰されると思っていた安倍派幹部が処罰されない見通しと報じられたこと」であり、検察の捜査と処分の見通しに対する不満である。
今回の東京地検特捜部の捜査は、当初から、政治資金規正法の「政治資金収支報告書の不記載・虚偽記入罪」の容疑で行われ、その罰則を適用して刑事処分を行うことをめざしてきた。そのような政治資金規正法違反による捜査処分が、国民の期待を裏切る結果になりそうだということが、国民の激しい反発の直接的な理由だ。
しかし、SNSの投稿の中身をみてみると、実は、国民が今回の事件で憤っていることの大きな要素に、「課税に対する不公平感」がある。
今回の問題は、安倍派の幹部を含む多くの政治家が、政治資金パーティーの収入から多額の「裏金」を得ていたという問題である。政治資金規正法という法律上は、政治資金収支報告書による「政治資金の収支の公開」の問題であり、その記載義務に違反したことに対する罰則適用の問題だが、国民が怒っているのは、「収支報告書の記載」の問題ではない。
国会議員が、政治資金パーティーの売上の中から、自由に使っていい「裏金」を受け取り、それについて税金の支払を免れているということに対して、激しく怒っているのである。
国民は、事業者も、サラリーマンも、汗水流して働いたお金を報酬・給与として得る。それについては、法人の事業を行って得たお金であれば「法人税」等を、個人の収入として得たお金であれば「所得税」等を支払わなければいけない。その上で、残ったお金を自由に使うことができる。
ちょうど、今、個人事業主などは、確定申告に向けて気の滅入るような作業を強いられ、それによって税金を払わざるを得ないことになる。しかも、昨年10月にインボイス制度が導入され、「会計処理の透明化」の動きが中小企業や個人事業主にも及び、多くの国民がその負担に喘いでいる。それなのに、政治家の世界では自由に使えて税金もかからない「裏金」という、「領収書不要の金のやり取り」が行われている。
自民党安倍派は、大規模な政治資金パーティーで巨額の収入を得て、その一部を裏金で所属議員に分配し、彼らは税金も支払わず、自由に使っている。そのことに対して国民は怒りを爆発させている。Xの投稿で、「納税の義務」「納税拒否」がトレンドになっているのも、そういう理由からなのである。
これまで、「自民党政治資金パーティー裏金問題」については、「東京地検特捜部による捜査」に関心が集中し、次々と報じられる検察捜査の展開についての報道を、国民は固唾をのんで見守ってきた。果たして、今回の「裏金問題」は何をどう問題にして、どうすべきだったのか。
これまでは、検察捜査に関心が集中し、政治資金規正法の視点ばかりが取り上げられてきた。しかし、もともと、政治資金規正法による処罰には限界があった。
むしろ、「課税の問題」「脱税の問題」がこの問題の本質ではないのか。政治資金規正法違反の刑事事件の結末に対して、国民が憤っていることの背景に、課税の不公平に対する強烈な不満・反発があるのである。ここで、改めて、今回の問題について「課税」という観点から取り上げてみるべきなのではないか。
この点について、「今回の政治資金パーティー裏金問題は脱税の問題ととらえるべき」と指摘してきたのが経済評論家の野口悠紀雄氏(一橋大学名誉教授・元大蔵官僚)だ。現代ビジネスの記事「パーティー券問題はなぜ脱税問題でないのか? 国民の税負担意識が弱いから、おかしな制度がまかり通るのだ」などで
パーティー券収入そのものが非課税であっても、使途を限定していないキックバックは課税所得であるはずだから、それを申告していなければ脱税になるはずだ。
派閥からは、キックバックは政治資金収支報告書に記載しなくてもよいとの指示があったと報道されている。ということは、政治資金として使う必要はなく、どんな目的に使ってもよいという意味だろう。だから、この資金が課税所得であることは、疑いの余地がなく明らかだ。
との指摘を行ってきた。
今回の問題が「政治資金規正法違反」としてとらえられてきた背景には、政党・政治団体・政治家の金銭のやり取りは、基本的に「政治活動」に関するものであり、「政治資金」である以上、すべてが課税の対象外だという認識があった。それは、政治資金収支報告書に記載されても、記載されない「裏金」でも同様であり、そこで所得税等の税金の問題が発生するのは、「政治資金を私的用途に流用した場合」、その事実が具体的に明らかになった場合だけだというのが、これまでの一般的な認識だった。
私自身も、今回の「裏金問題」について、安倍派(清和政策研究会)という「政治団体」とその所属国会議員という政治家の関係での金銭のやり取りだから、「政治資金」であり、課税の対象外と考えてきた。
これまで書いてきた記事でも、「裏金を、個人的用途に費消したり、個人的蓄財に充てられたりしていれば、個人の所得ということになり、税務申告していなければ脱税となる。但し、国税と検察で「逋脱犯の告発基準」を取り決めており、逋脱所得がその基準を上回らなければ脱税の刑事事件にはならない。」という趣旨のことを繰り返し述べてきた。
しかし、野口氏の見解は、それとは大きく異なる。
「使途を限定していないで受け取るお金」は基本的に「個人所得」であり、「政治資金」がその例外になるとすれば、そのための手続が正しく行われている必要がある。今回の問題のように、「政治資金収支報告書に記載しない」という前提で渡された「裏金」というのは、「政治資金」の正規の手続をとらない前提で渡しているのだから個人所得、という考え方だ。
野口氏の見解を前提にすれば、本来、今回の「裏金問題」は、検察ではなく、国税当局が動き、脱税での摘発を検討すべきであり、「裏金受領議員」も、申告していなかった所得税の修正申告を行って納税するのが当然だということになる。
「安倍派」は、キックバック分について、同派と派閥所属議員の政治資金収支報告書を一斉に訂正する方向で検討していると報じられているが、野口氏の見解によれば、キックバック分は、「個人所得」として税務申告すべきであり、「政治資金」として収支報告書を訂正するなどもってのほかということになる。
この問題については、そもそも、「政治資金」は、すべて課税の対象外とされているのか、課税の対象外とされるのはなぜなのか、それは、どのような法律上の根拠に基づくのかを、根本から考え直してみる必要がある。
その上で、「政治資金」が課税の対象外となることと、政治資金規正法上の手続がとられることとの関係、政治資金パーティーの収入はなぜ「政治資金」として扱われるのか、それはすべて課税の対象外となるのか、という点も考えてみる必要がある。
政治資金規正法の特殊な性格と裏金問題での処罰の限界
今回の「政治資金パーティー裏金問題」と課税の問題を考える前提として、検察の捜査処分について「安倍派幹部刑事立件見送り」と報じられていることをどうみるか。それがやむを得ないものか、多くのSNS上の反応のように、検察の処分方針は不当で、「腰抜け」「政治権力への忖度」と批判されるべきなのか、私自身の見解を整理しておきたい。
政治資金規正法という法律には、特殊な性格があり、「裏金問題」について政治家本人の処罰が容易ではないことは、再三にわたって指摘してきた。なぜ、「裏金問題」についての政治資金規正法違反による処罰が困難なのか、同法に関する基本的な理解が必要だ。
政治資金規正法には、「収支の公開」と「寄附の制限」という二つの性格がある。政治資金パーティー券をめぐる裏金問題は、基本的に「収支の公開」の問題である。
「政治資金の収支の公開」というのは、政党・政党支部・政治団体について、会計責任者を選任して届出を行わせ、それらの団体の収入金額と支出金額を正確に記載した「政治資金収支報告書」を毎年提出させ、公開するという制度である。ここでの「収入」というのは、その団体に「寄附」などとして実際に入ってきた金額である。
政治資金の収支を収支報告書に正確に記載する義務を負うのは、基本的には会計責任者であり、記載すべき事項を記載しなかったり、虚偽の記入をしたりする行為に対して、政治資金規正法の罰則が設けられている。
一方、「寄附の制限」というのは、国の補助金や出資を受けている会社による寄附の禁止(22条の3第1項)、3事業年度以上にわたり継続して欠損を生じている会社による寄附の禁止(22条の4)など、寄附自体を禁止するもので、禁止された寄附を行うこと自体が違法行為ないし犯罪となる。
「政治資金の収支の公開」は、基本的には「情報公開」の問題であり、その違反は、会計責任者が行う収支報告書の作成・提出という形式的な手続上の問題である。だからこそ、基本的に、罰則適用の対象が会計責任者とされているのである。
これに対して「寄附の制限」というのは、実質的な問題であり、それに違反する行為については、寄附を受けた者自身が罰則適用の対象となる。
今回の「自民党派閥政治資金パーティー」をめぐって問題になっているのは、政治団体である自民党派閥から国会議員にわたった「裏金」である。
政治資金規正法上は、そのような資金のやり取りをしながら政治資金収支報告書に記載しなかったという「収支の公開」の問題であり、裏金の授受自体が違法行為ないし犯罪なのではない。しかし、この点について、世の中には、「裏金」を受領したこと自体が犯罪であるかのように認識されている。そこに、大きな誤解がある。
「政治資金の収支」自体に関する義務は会計責任者に集中し、それに関する違反で刑事責任を問われるのも基本的には会計責任者である。政治団体の代表者については、会計責任者の「選任及び監督」に過失があった場合に罰金刑に処せられると定められているに過ぎない。
実際に、会計責任者ではない国会議員が刑事責任を負うのは、収支報告書の記載の特定の事項について、実質的な意思決定を国会議員自身が行い、会計責任者にそれを実行させた場合、例えば、多額の政治資金を政治団体の代表者の国会議員が受け取ったのに、会計責任者に知らせず、或いは、それを収支報告書から除外するように指示した、というような「実質的に意思決定の主体であった場合」に限られる。
一般の企業・団体、或いは暴力団などをめぐる「組織犯罪」の場合と、政治資金規正法による「犯罪」とは相違があるのである。
ということで、「政治資金の収支の公開」の問題として考えた場合、基本的に会計責任者の問題である収支報告書の記載の問題について、国会議員の責任を問うことは、もともと容易ではない。しかも、安倍派の政治資金パーティーでのノルマ超の売上の還流は、20年以上前から慣行的に行われてきたと言われている。そうであれば、派閥の最高意思決定者の会長の意向に基づき、会計責任者が毎年、同様の処理を行っていたとみるのが自然だ。
最終的には、2022年5月に開催された安倍派の政治資金パーティーについて、前年11月に派閥の会長に就任した安倍晋三氏が、ノルマを超えた売上の還流中止を提案し、いったんは中止が決まったものの、継続を求める議員から反発があり、安倍氏の死去後に当時の事務総長だった西村康稔氏や、下村博文氏、世耕弘成氏ら派閥幹部と会計責任者が対応を複数回協議し、8月に還流継続が決まったとされ、その際の派閥幹部の協議を「共謀」ととらえることの可否が検討されたようだ。
しかし、仮に、還流を継続する場合、やり方としては、(ア)従来通り裏金として還流し、安倍派側も議員側も収支報告書に記載しない方法と、(イ)他の派閥で行われていたように、還流分を安倍派側も議員側も収支報告書に記載する方法の二つがある。
(ア)の方法をとること、つまり収支報告書に記載しないことについて、派閥幹部と会計責任者について虚偽記入罪の共謀が成立するためには、ノルマを超えた売上を還流することだけではなく、その分を収支報告書に記載しないことについての「共謀」が認められなければならない。それは単に幹部が「認識していた」「会計責任者から報告を受けた」という程度ではなく、派閥幹部の側が実質的に意思決定を行ったことが必要となる。
その点について、複数の幹部と会計責任者との間に、具体的な話合いの場があって、そこで実質的な意思決定が行われたことが、何か客観的な証拠で裏付けられなければ、基本的に会計責任者の責任である収支報告書の問題について、派閥幹部の共謀による責任を問うことは困難だ。
一方で、裏金を受領した側の派閥所属議員の収支報告書の不記載・虚偽記入罪については、ノルマを超えたパーティー券収入の還流は銀行口座ではなく現金でやり取りされ、収支報告書に記載しないよう派閥側から指示されていたのであるから、その議員は、どの政治団体の収支報告書にも記載しない前提で「裏金」として受け取り、そのまま、どの収支報告書にも記載しなかった、ということである。
そのような裏金受領議員の処罰については、どの政治団体或いは政党支部の収支報告書に記載すべきだったのかが特定できない以上、(特定の政治団体等の収支報告書の記載についての)虚偽記入罪は成立せず、不可罰になることを指摘してきた(『「ザル法の真ん中に空いた大穴」で処罰を免れた“裏金受領議員”は議員辞職!民間主導で政治資金改革を!』など)。
裏金受領議員の政治資金規正法違反での処罰は、もともと「無理筋」であり、今回の事件で、検察が、資金管理団体への記載義務があること、それを認識した上で収入として記載せず、それを除外した収入金額を記載した「収支報告書虚偽記入罪」で立件しようとするのであれば、行い得ることは、裏金受領議員側と話をつけて、略式請求・罰金による決着を図ることぐらいだと考えられた。
検察が1月7日に池田議員と資金管理団体の会計責任者の政策秘書を政治資金規正法違反で逮捕したのは、身柄拘束によるプレッシャーで、「裏金」の資金管理団体への帰属を認める自白に追い込む目的もあるように思われる。しかし、そのような強引なやり方をとるのは、具体的な罪証隠滅行為が行われたなどの事情がなければ無理であり、このようなやり方を多数の「裏金受領議員」に拡大していけるとは思えない。
今回の事件への対応について検察が反省すべき点
上記のとおり、今回の「自民党派閥政治資金パーティー裏金事件」で、国会議員の処罰が極めて限定的なものになるという「結末」自体は、政治資金規正法という法律の性格や「建付け」等からして、致し方ないものと考えられる。
しかし、検察のこれまでの対応に「反省すべき点」があることも事実である。
第一に、昨年12月から、東京地検特捜部に全国から数十人の応援検事が集められ、大規模捜査体制で行う捜査の状況が逐一報じられ、マスコミ報道は、検察が、国会議員の処罰に向けて着々と「進軍」しているかのような夥しい数の報道に埋め尽くされた。
安倍派幹部も含めた国会議員が受領した裏金の金額が次々と報じられ、それによって、安倍派国会議員の大臣・副大臣は、岸田内閣から全員「排除」された。国民は、「大本営発表」にように日々報じられる「日本最強の捜査機関」の“大戦果”に、拍手喝采を送り、安倍派・二階派事務所、池田・大野議員の事務所への捜索、年明けの池田議員逮捕で、安倍派国会議員を壊滅させる本格捜査への期待は最高潮に達した。これらの報道が、検察側からのリークによるものではないと言っても、誰も信じる者はいないであろう。
実際には、検察捜査の内実は、世の中が思っていたようなものではなく、全国から数十人の応援検事を集めた大規模捜査体制による捜査も、さながら、太平洋戦争末期の「インパール作戦」のような惨状であったと推測される。
そもそも、政治資金規正法という法律の性格、「建付け」を冷静に考え、刑事事件として冷静に捜査を展望すれば、そのような過大な期待になるわけがないのであるが、検察側から「弱気な情報」が出ないせいか、マスコミの報道も、検察出身弁護士のコメントなども、「勇ましい話」で埋め尽くされた。
今回の事件での国民の検察捜査への過大な期待が、「安倍派幹部刑事立件見送り報道」で一気に水を差され、国民の激しい怒り、反発を招いていることは、検察側のこれまでの対応によるところが大きいと言わざるを得ない。
第二に、既に述べたように、「安倍派幹部刑事立件見送り」自体は、致し方ないとしても、それは、閣僚級の大物国会議員が複数からむ事件であるからこそ、刑事立件・起訴について、冷静で客観的な判断が行われたのではないか。ここ数年、東京地検特捜部が手掛けてきた捜査で、果たして、そのような慎重な判断が行われてきたと言えるのか、という疑問である。
とりわけ、今回の検察捜査を実質的に指揮してきたと言われる森本宏最高検刑事部長が東京地検特捜部長に就任後手掛けてきた事件の多くに、それぞれ大きな問題があった。
ディオバン臨床研究不正事件(最高裁で無罪が確定)、リニア談合事件、カルロス・ゴーン事件(拙著『「深層」カルロス・ゴーンとの対話:起訴されれば99%超が有罪となる国で】』小学館:2020)、文科省汚職事件などで、特捜部は「暴走に次ぐ暴走」を繰り返してきた。そして、その極めつけが、東京五輪汚職事件、東京五輪談合事件の検察捜査であった(『東京五輪談合事件、組織委元次長「談合関与」で独禁法の犯罪成立に重大な疑問、”どうする検察”』『東京五輪談合、セレスポ鎌田氏”196日の死闘”で明らかになった「人質司法」の構造問題』など)。
そのようなこれまでの特捜検察の「あまりに積極果敢な姿勢」と比較すれば、今回の事件で、閣僚級国会議員について、突然、冷静かつ慎重な「刑事事件においてあるべき判断」が行われたことが、国民の目には「政治権力者への忖度そのもの」とみられることも仕方がないと言えるだろう。
今回の事件への検察の対応には反省すべき点が多々あると言わざるを得ないし、近年の特捜捜査の在り方自体の問題についても、この機会に徹底した検証を行うべきであろう。
政治資金の「課税の問題」
冒頭に述べたように、国民の多くが怒っているのは、「裏金」というのが、国会議員が、自由に使ってよい金で、しかも税金の支払いを免れていることである。まさに、今回の政治資金パーティー問題の中心にあるのは「課税の問題」であり、その問題に正面から向き合う必要がある。
まず、「政治資金はすべて非課税」なのか、それはどのような根拠に基づくものなのかという点を考えてみる。
所得税法上は、選挙運動に関して受けた寄附で、公職選挙法第189条の規定に基づく収支報告がされている場合には課税されないことが定められている。ところが、それ以外で、政治家個人が受ける政治献金の非課税については、いかなる規定も設けられていない。政治家個人が受ける一般の政治献金について非課税とする規定は現行税法のどこにも存在しない。
そのため、政治家個人が政治資金の寄附を受けた場合は、基本的には「雑所得」として課税の対象となる。政治家個人が受けるさまざまな政治献金収入は、雑所得になり、当該政治家が政治活動のために支出した金額を、当該雑所得の必要経費として控除できることになる(しかし、おそらく政治資金を雑所得として計上している政治家はほとんどいない)。
しかも、もし指摘されたとしても、「政治活動」には定義がなく、本来政治活動とは思えないような支出であっても、政治家本人が「政治活動の支出」と強弁すれば、覆すことが難しい。
政治活動の寄附については、課税することが困難だとの認識から、国税当局が政治家の政治資金の収支に関して税の申告漏れを指摘したり、脱税で摘発することは、これまで殆どなかった。結局、「選挙運動に関する寄附の非課税措置」が政治資金一般に拡大解釈され、政治活動全般が非課税であるかのような運用をしてきたのである。
「政治資金パーティー収入」と課税
しかし、今回の「政治資金パーティー裏金問題」は、そのような「政治資金の寄附」一般に対する課税の問題とは異なった面がある。野口氏の見解のように、「キックバック分は全額個人所得」と解する余地も十分にあるのではないか。
各選挙管理委員会が作成公表している「政治団体の手引」では、政治資金と課税の関係について、概ね以下のように解説されている。
- 法人税法では、人格なき社団については収益事業から生じた所得以外の所得については法人税を課さないこととされているため(法人税法第7条)、政治団体が受けた寄附収入について法人税は課税されないことになるが、収益事業による所得には法人税が課税されることとされている。
- 政治団体は、その収入のほとんどを寄附収入と事業収入に依存しており、政治団体が政治活動を行うことを目的として設立され、その得た収入を政治活動に使用することを前提としているため、その収入は原則非課税となっている。 したがって、これに反し、その得た収入を政治活動以外のために使用するような場合については、当然に課税の対象となる。また、政治団体が得た収入をその構成員で分配するなどした場合については、その受取者において課税されることになる。
政治資金パーティー収入は、「事業収入」であり、「寄附」の収入ではない(もし、「政治資金の寄附」であれば、外国人による寄附の制限、赤字会社、補助金需給会社の寄附の制限が適用されるはずである。)。
政治団体等が行う収益事業の所得は法人税の対象となるが、収益事業とは、「収益事業 販売業、製造業その他の政令で定める事業で、継続して事業場を設けて行われるものをいう。」(法人税法2条1項13号)とされていることから、通常行われているパーティー事業は収益事業に該当しないとされている。
上記の「政治団体の手引き」の中で「政治団体が得た収入を構成員に分配した場合には、受益者において課税されることになります」とされている。今回、安倍派が長年にわたって行っていたことがわかった「ノルマ超のパーティ券売上のキックバック」というのは、明らかに、事業収入の一部の構成員への分配であって、課税されるべきものである。
もっとも、その「分配」が、「政治資金の寄附」として行われ、受領した側の議員が収入として資金管理団体や政党支部の収支報告書に記載した場合には、それによって、その「分配金」は、派閥から議員側の団体の財布に移るので、個人所得にはならない。
しかし、安倍派では、政治資金収支報告書に記載しない前提で、領収書の授受も行うことなく、所属議員側に、パーティー券の売上のノルマ超過分のキックバックとして金銭を渡しているのであり、分配された金は、授受の時点では所属議員個人に帰属することになる。
今回の安倍派政治資金パーティーの裏金キックバックは、「収支報告書に記載しない前提」で所属議員側に渡ったものである以上、個人所得となることを否定する余地はない。
「裏金問題」の解決には、税務上の是正措置が不可欠
今回、検察捜査によって明らかになった安倍派の政治資金パーティーの裏金キックバックについて、全額個人所得であることを前提に、是正措置をとるべきである。
安倍派が行おうとしているとされる「裏金受領議員の政治資金収支報告書の一斉訂正」は、逆に、個人所得を政治資金であるかのように「仮想隠蔽」する行為にほかならない。そのような対応で「政治資金パーティー裏金問題」の収束を図ろうとすれば、検察の捜査処分の結末が、国民の期待に大きく反したことと相まって、強烈な国民の反発を受けることになるだろう。
受領した議員個人の所得とされるべきであるのに、それについて、全く税務申告をしていないのであるから、その是正を行うのが当然である。
国税が税務調査ないし査察調査に入り、キックバック分の所得金額を確定して、追徴税を含めて徴税を行うか、議員側が、自主的に修正申告するか、二つの方向があるが、検察としては、今回の捜査結果を基に、国税当局に課税通報を行い、国税との連携によって、裏金受領議員全員について税務上の是正措置を行わせるのが、今回の一連の政治資金パーティー裏金事件の決着として望ましいのではないだろうか。
最も悪質な事例は、脱税での処罰も検討すべきであり、その最有力候補が、1月7日に政治資金規正法違反で逮捕された池田佳隆氏衆院議員だ。昨年12月8日に資金管理団体「池田黎明会」の収支報告書を訂正し、3200万円収入を増額する一方、それに見合う支出はなく、結局、全額翌年度への繰越金にしている。キックバックを受けた裏金について、政治資金として支出した実態は何もないのである。
要するに、キックバック分は個人所得であるのに、「政治資金の収入」であるかのように政治資金収支報告書に「虚偽記入」し、なおかつ、個人所得を隠蔽したということなのである。
このような、今回の裏金問題の「税務上の是正」に対しては、従来の政治家的な感覚からの不満・反発もあるだろう。「全額政治活動に使っている。未使用分は繰越金として将来の政治活動に使うつもりであった。」というような弁解・主張をする議員もいるかもしれない。しかし、それは、「政治資金として収支報告書に記載して、議員個人から切り離す前提でキックバックを受領した場合」に初めて言えることである。
冒頭でも述べたように、先週土曜日(1月13日)、NHK、毎日などで「安倍派幹部刑事立件見送り」と報じられたことで、国民の怒りが爆発している。それは、「収支報告書の記載」の問題ではなく、国会議員が、政治資金パーティーの収入の中から、自由に使っていい「裏金」を受け取り、それをについて税金の支払を免れていることに対して、激しく怒っているのである。
それに対して、「“政治資金”と呪文を唱えればすべて非課税」というような“昭和の遺物”とも言える考え方を振り回せば、国民の怒りをさらに炎上・拡大させることになることは必至だ。
しかも「収支報告書には記載しない政治資金」だとあくまで主張するのであれば、前記のとおり、それが議員本人に帰属しているのであるから、「政治家本人への寄附」ということになる。それは、政治資金規正法21条の2第1項(公職の候補者の政治活動に関する寄附の禁止)に違反する違法寄附であり、それを主張するなら、公民権停止を含む処罰を覚悟しなければならない。
「裏金受領議員」は、そのことをよく考えて発言すべきであろう。