NTTの「電電公社化」を許してはならない

2010年05月25日 00:30

松本さんの記事やソフトバンクの提案で主張されている「構造分離」は、かなり混乱した議論です。競争政策の普通の用語では、structural separationとは”separate ownership of previously commonly owned divisions”つまり資本関係の分離を意味します。ソフトバンクの説明では、アクセス回線会社はNTT(持株会社)の連結子会社と想定されているので、ITUの分類では「機能分離」とよぶべきでしょう。


これは揚げ足取りをしているのではありません。ソフトバンクの提案の企業統治に不可解な点が多いからです。全世帯にFTTHを敷設するには、少なくともNTT法を改正してNTTの子会社を設立しなければならない。その意思決定は(ソフトバンク案のように連結子会社であるなら)NTTの経営陣が行なうので、全世帯にFTTHを敷設するかどうかもNTTの経営判断です。彼らが採算に合わないと判断すれば、FTTHを敷設しないでしょう。

それを政府が強要するには、NTT法に「設備投資の決定は政府が行なう」という規定を設ける必要があります。これは実質的にNTTを再国有化するに等しく、1985年の電電民営化以来、民間企業としてのNTTの自主性を尊重する方向で続けられてきた改革を逆転させ、電電公社に戻すものです。亀井静香郵政担当相の郵政再国有化ほどではないにしても、こんな乱暴な法律が国会で通るとは考えらないし、通してはならない。

NTTの「水平分離」を日本で初めて提案したのは、林紘一郎氏と私だと思います。2001年に話題を呼んだIT戦略本部の水平分離論も、この理論にもとづいて出されたものです。このときわれわれが提唱したのは構造分離ではなく、NTTの自発的な分社化を可能にするための制度改革でした。これはNTTに拒否されましたが、先日のNTTの資料によれば、われわれの提唱した「オールIP化」はようやく実現するようです。

ソフトバンクの提唱するように、政府が強制的に構造分離を行なうことは、間違いのもとです。1982年に第二臨調の提言したのは市内網と長距離網の分離でしたが、それが持株会社として実現した1999年にはまったくナンセンスなものになっていました。そして今、議論されている光ファイバーのアクセス系の分離も、無線アクセスの比重が大きくなった現在では、不採算部門である固定回線の再編にすぎず、技術的にも経営的にも意味がない。

このようにプラットフォームの激しく変化する通信産業では、特定の「構造」を絶対化して政府が介入することは有害無益です。NTTのモデルとしたAT&Tの分割(構造分離)も、1996年電気通信法で実質的に白紙に戻されました。そして96年法のコアだったアンバンドル規制も、ILECとの訴訟でFCCが敗れて撤回されました。FCCが今もっとも力を入れているのは、500MHzの電波開放です。

最善の競争は、市場を通じたプラットフォーム競争であり、それは(時間はかかりますが)政府の介入より有効です。マイクロソフト訴訟の第一審判決で出された構造分離は、控訴審の和解で撤回されましたが、その後のマイクロソフトはグーグルやアップルとのプラットフォーム競争に敗れ、今では独占的な地位はありません。固定回線という巨大な負の遺産を背負うNTTとプラットフォーム競争を闘うことができるのは、ソフトバンクだけです。それが時代錯誤の「公社化」を提唱するのは、不可解というしかありません。

追記:磯崎さんのメールマガジンも、この記事と同様の指摘をしています。アクセス回線会社の経営主体は誰なのか、投資決定は誰が行なうのかを、ソフトバンクは明確にする必要があるでしょう。

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池田 信夫
アゴラ研究所所長 SBI大学院大学客員教授 学術博士(慶應義塾大学)

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