全ての人に公平な教育 (電子教科書) の真の狙い- 斎藤隆博 

2010年07月27日 18:58

広島県と島根県の県境に位置する僕の母校、今は廃校となってしまった小学校は、在籍当時、全校生徒が最も多い年度でさえ26人という規模であった。その為複式学級が採用されていた。
複式学級とは、「1・2年」「3・4年」「5・6年」と、二学年を1クラスと置くものだ。

小規模の学校では、意見の多様化が生まれないというデメリットもあるかもしれないが、僕はあれはなかなか良いシステムだったと感じている。


1.生徒一人当たりに費やせる時間

これは昨今議論されている事であるが、1クラス40人はどう考えても多過ぎる。40人全てに行き届いた教育を提供するのは、ほぼ不可能だろう。
また分からない事は質問するという癖が付き、更には先生側にも時間的余裕が出来る為、『どうして分からないの?』と生徒自身に考えさせる時間を与える事が出来る。

これに依り齎されるものは、計り知れない。

?)分からない事は恥ずかしがらず質問するという、癖が付く

?)どうして分からないか自分で考えなければならない為、生徒同士の議論の場が起こる

事実中学に進んだ際、僕の小学校時代の同級生は平均して”頭が良かった”。また中学からクラスの人数は増えたが、生徒同士に依る議論の場の形成に慣れていた為、彼等がリーダーとなり、クラス全体に行き届いた教育を提供する手助けになった事は、恐らく事実であろう。
この様に、単に先生に質問出来る機会が増えるだけでなく、現在主流の「自身で考える力」の形成にも影響を及ぼす事となる。

2.余った時間で隣の黒板を見れる

黒板の一方には、次学年に学習する課題の解説がある。これに依り3年生にして4年生の学習を行う事が出来る。また4年生は3年時の復習を行う事も、勿論可能だ。

複式という事で「2.」を挟んだが、こちらは先生が一人当たりに避ける時間が増える事と矛盾する為、中学・高校と教育が高度化するに従って、実行が難しくなる。
重要なのは勿論「1.」で、その時点での深い学習と共に、今後の学習方法の形成も同時に培われるのである。
デメリットは意見の多様化がなくなるという事だが、現在の教育現場ではそもそも生徒が『ハイッ』と手を挙げて意見する事自体少ない。先ずは意見を述べるという習慣を付ける事が大切である。

さて、前置きはこの辺りにして、これがどう電子教科書と結び付くかについて述べたい。

中学のとき僕が感じたのは、「そもそも習っている事が違う」という事だ。
人間知らないものは答えられない。答えを憶えるだけの教育は僕も嫌いだが、現在の”試験”というものがある限り、矢張り答えを導き出す手順に触れておく事は重要である。

通常僕等の地域では高校から受験が始まる為、受験勉強に触れるのは中学3年からである。僕も例に漏れず、難関高校の模擬試験を購入し取り組んだ。しかしその中の幾つかの問題に、当時僕が初めて目にしたものがあり、ある問題では検証を重ねた末解答に辿り着いたが、既に1時間が経過していた。例え答えを導き出せても、時間制限の為に彼は落第するのである。

お分かりの様に、電子教科書、またそのプラットフォームが普及すれば、この「習った時期の違い」という問題を軽減出来る。重要なのはそれぞれの能力に合った学校を選択出来る事だと、筆者は思う。その時点の能力が足りなかっただけで、3年間も抑え続けられるのは如何なものか?

孫氏の提唱する光の道は、この電子教育プラットフォームとすこぶる相性が良い。僕は彼が「第二の孫正義」を立てようとしている事からも、彼の狙いは、田舎の考える力を持った子供たちに向けられているのでは、と感じる。

池田氏が仰る様に、田舎に存在しないサービスを受けたいなら都会に来れば良いという考えは、実に正論だ。僕の場合も『早く参考書を買っとけ』で済む問題である。

だが我々は、そろそろその投資にどれ程のリターンが返ってくるかを検証しなければならないのではないか?
光の道は平等ではない。
僕もそう感じるが、その平等ではないという対価を払って返ってくる 利益-優秀な人材 は、今日本が最も欲しているものなのだから。
斎藤隆博( @s_tima ) ModelFactory代表 

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