国民年金民営化の私案 - 中谷孝夫

2010年08月13日 12:11

国民年金の話を読んだり聞いたりするたびに「もう、いい加減に止めたら」と何時も思う。国民年金制度は「所得再分配の機構」である。それは就職をしている若者から納入金を徴収して、それを集めた基金をもとに、必要な期間の納入金を掛け終わった有資格の退職者に所定額の年金を支払うものである。この制度の持つ「国民の退職生活の安定を図るという理念」は、理想的で大衆の願望にも合致するものである。問題は、その所得再配分の機構の成り立つ前提が、現在も妥当しているかどうかという点である。


年金の先進国であるアメリカの状況を例にとって考えてみよう。アメリカの国民年金制度は、1930年代フランクリン・ルーズベルト大統領の時代に発足した。発足当時の前提は、加入者は65歳で退職し、66歳で死亡するというものだった。現在は、60歳退職も希望的なもので、50歳を過ぎればリストラの対象になりかねないというのが実情だろう。

そうして85-90歳という高齢まで生き延びるので、国民年金基金を圧迫するのは、明白な事実である。発足当時は、12人の若い年金加入者が1人の退職者を養っていた。これが納入者/受給者の比率である。1960年代になるとその比率は半分の6人になり、その20年後の1980年代になると3人近くにまで納入者数が減少してきた。若い移民の多いアメリカにおいてもこのような状態である。

それが近年には2人近くにまで低下している可能性がある。勿論国民年金制度発足当時は、納入者数がここまで減少するとは夢にも思っていなかっただろう。特に第二次大戦後、医学の飛躍的な進歩のお陰で、年金発足時に仮定していた人間の平均生存年齢が大幅に上昇した結果、人口構成が急激にに老齢化してきた。現在の老齢化社会でも、医学の継続的な進歩を考えると、なおピークに達しているとは言いがたいであろう。

日本の場合は、状況がもっと深刻で、社会の老齢化度はアメリカよりも進んでいるだろう。周知のように、平均寿命が世界一の日本の平均生存年齢は女性90歳、男性86歳であるが、現在の統計がピークであるとは誰も言えないだろう。ひょっとすると、あと5年ぐらい延びないとも限らない。

著者は、日本の国民年金制度で、現在1人の退職者に何人の納入者がいるのか知らない。若い納入者の平均給料は、受給者が退職前に貰っていた平均給料よりもずっと低いだろう。それに加えて、近年若者の正規雇用の比率が激減している点も、国民年金基金への資金流入を細くしている。日本社会の急速な老齢化と少子化を考えると、国民年金制度の将来がどのようになるかは容易に推測できる。このため年金基金が恒常的な財源不足になるのも当然だろう。現代の先進国の社会では「老齢化が急激に進んで、退職生活維持の基礎を脅かしている」というのが偽らざる実情だろう。

1つの例を考えてみよう。20歳から働き出して、40年働いて60歳で退職した人が、90歳まて生存した場合を考えてみよう。退職生活の30年間の生活を保障するほど貯蓄が出来る人は、人口の何割に当たるのだろう。かりに退職生活費が年に200万円、300万円、400万円、500万円の4階層を考えてみれば、30年間の退職必要資金は、単純計算で6千万円、9千万円、1億2千万円、1億5千万円となる。

低金利と株式市場不振の今日では、大きな資金運用益を期待することは出来ないだろう。特に、「終身雇用」や「雇用の安定性」が広く行き渡っていた時代なら、かなりの人が安定した退職生活を享受することが可能だが、「リストラ」が急激に社会に広まっている現況を考えると、将来の国民年金基金の見通しは極めて厳しいと言わざるを得ないだろう。不運にも50歳でリストラにより職を失ったりすると、転職は難しく、将来は絶望的になるであろう。

世界的に見ても、国民年金といい医療保険など先進国で実施されているentitlement program(福祉政策)の将来は極めて不安定なものと考えられている。まさに時限爆弾のようなものである。その根本的な原因は、福祉政策作成時の人口に関する前提が、医学の飛躍的な進歩のお陰で、現在ではそれが全く妥当していない現況になっているからである。

いくら法律で明記されていても、政府にその財力がなければ、それを実行に移すことは出来ない。また金額で幾らといっても、年金受給時の物価水準との関係で、購買力が大幅に減少していては、制度が形だけ残存することになり、実質的に無意味である。いくら政府が約束しても、後年政府がそれを無効にすることは時々ある。日本政府の戦時中に発行した戦時国債と戦後の1946年に実施した預金封鎖がいい例である。

国民年金の徴収率は現在60%程度だと言われている。その根本的な理由は「若い納入者が、自分が受給する時には、もう貰えないのではないか」という不安が根底にあるからだろう。高名な政治家や著名なセレブのなかにも未納者がいたということは、この制度の将来がいかに不安定なものであるかの証左であろう。だから、この辺で政府も収拾策を考えてはどうだろうか。

著者が考える「国民年金民営化の私案」の骨子は次の通りである。

  1. 「納入者の支払に関する1%の原則」
    現在支払中の者にたいする払い戻しは、年1%の金利を付ける。即ち今年も含めて今まで3年間支払っていた者に対する払い戻しは、今年の支払額には1%の金利, 昨年の支払額には2%の金利, 一昨年の支払には3%の金利を付けて元本と共に支払う。これは計算を簡単にする目的もある。

  2. 「受給者に適用する1%の割引料課徴の原則」
      今年分は予定受領額の99%の支払、来年分は98%というように
      年1%の割引料を適用する。その根拠は、年金受給額は納入金 
      額の2・6倍になると言われているので、「不利を蒙っている若
    い世代との均衡を図る」という目的からである。推定生存年齢
    については生命保険業界で使用している「平均生存表」に基づ
    いて受給者の平均生存年数と月数を決定する。

  3. 国民年金基金からの支払は、受給者が「政府の国民年金民営化プランー仮称―に参加する金融機関」へ支払申請の手続きをし、それが承認されると、政府が金融機関に直接払い込みをする。現金で一括に受取りたい受給者は、自分が口座を開設した金融機関から税引き後の金額を全額受取る。それは通常の所得とみなされる。分割払いで受取る場合は、金融機関が税金を控除した後の純額を支払い、控除した税金は金融機関が政府に納税する。新年早々に金融機関は、勘定の開設者に税金控除の証明書を送付する。このプランに参加したい金融機関は、政府へ参加の手続きをする。著者は、日本の所得税の平均税率を知らないので、仮に25%とする。これが20%, 25%, 30%のいずれが適当かは政府が最終的に決定する。アメリカでは20%が適用されている。税金の最終的な過不足については、年末の納税申告で調整する。金融機関での口座の開設は、国民年金受給者手帳に基づいて、金融機関がロール・オーバー(国民年金の移転)の手続きをして、政府から資金を振込みで納入してもらう。金融機関に預けてある資金は、自己責任による運用が可能である。もちろん郵便貯金にもしておける。引き出すまでは、運用益には税金がかからない。
  4. 国民年金基金の資金が不足すれば、政府は議会の承認を得て、国債の発行で賄う。

この私案には幾つかの利点がある。

  1. 政府のバランス・シート上では、これらの方策は追加の債務が発生するのではなく、将来発生する債務と現在の債務との交換であるので、期間を無視して考えれば、政府の債務の増加ではない。

  2. 著者は、細かな政府の資料を見ていないが、現在の日本政府の財務状態でもってすれば、この方策の実行は可能ではないかと思う。
  3. このまま国民年金制度を維持すれば、「取り返しのつかないような経済的な混乱」が将来発生する確率は極めて高い。いま「急速に悪化する癌を除去する手術」を受けることが肝要だろう。
  4. 年金に参加したい者は、民間金融機関が販売しているものに参加することは自由である。乗り換えの場合は、1%の割引料は徴収するが、税金はかからない。年金を受取った時に、所得税が賦課されるだけである。
  5. 25年ほど前に、世界に先駆けてチリーが国民年金を民営化した例がある。
  6. この制度が完了すれば、国民年金庁が不必要になるので行政改革の助けにもなる。また、現在問題になっている国民年金事務の錯誤も自然解消になるだろう。
  7. 経済に多額の資金が還流するので、停滞している日本経済にとっての刺激策にはなるだろう。
  8. いわゆる「世代間の不公平」が少しでも解決する点は、若い世代にとって朗報になるであろう。日本には、60歳以上の老齢層が金融資産の8割を保持しているという不平等の状態がある。この是正に少しでも役立つかもしれない。

著者は、この私案は「第一の原案」として、これを基にいろいろ議論をしていただければ幸いに思っています。この原稿を書き終わった後、野口悠紀雄氏の優れた論文「正直者が損をする制度は崩壊する」をインターネットで読みました。この論文の趣旨は、著者の主張を支持すると思われますので、是非一読ください。

View from Lake Minnetonka(ミネトンカ湖畔からの観察記) 在米44年、元ウォール街の証券アナリスト
 

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