「労働移転」の可能性を論じない「光の道」の議論は意味がない。 - 松本徹三

2010年08月30日 10:00

民主党代表選は、菅さんと小沢さんの対決となり、緊張感が高まっています。こうなると、何れが勝ってもその後の政局は大波乱含みとなり、目が離せません。一方、「日本政府は当分抜本的な手は何も打てない」と見透かしたかのような投機筋の円買いと、それに連動するかのような日本株の下落は、多くの日本企業にとって次第に耐え難いレベルのものになっており、早急に何らかの手が打たれることが望まれています。


この様な状況下では、「国のICT政策」といった長期的な問題をあらためて語るのは何となく気が進まないのですが、8月23日に行われた「タスクフォースによる関係者からのヒアリング」と、その後に出されたタスクフォースの構成員の方々のコメントを見ると、どうしても苛立ちを禁じ得ず、今回ももう一度この問題について触れさせて頂くことにします。この情況が、「日本における物事の決定プロセスの問題点」を、はしなくも浮き彫りにしているように思えるからです。

先ず、「ソフトバンクの試算について、NTTとしてはどう考えるか?」と尋ねられたNTTの鵜浦副社長は、「とんでもない。出来っこない。もし出来るのにやっていないとすれば、それこそ株主に対する裏切り行為」と答えられました。また、ソフトバンクの孫社長が提唱している公開討論については、「議論の土俵はこういう場(タスクフォースによるヒアリングのような場)であるべきで、公開討論、空中戦をやる必要性はない」とコメントしておられます。

また、ヒアリングの後、勝間構成員は、「孫さんの感覚とNTTのコスト構造とが合っていない印象。純粋な計算問題なので、片方を立てれば片方は立たない。どちらかを鵜呑みにするわけにもいかないので、両方のバランスを取る必要があるのでは」と発言。また、フリージャーナリストの町田構成員は、「孫さんはメタルを撤去してコストを下げると言っていたが、本当に下がるのか? NTTはヒアリングで『話にならない』と言っていた。NTTの意思がないと実現できない話なのだから、先ずNTTをやる気にさせてから道筋を提唱すべきだった」と発言しておられます。

一方、ソフトバンクの孫社長が提出した資料には、「メタルを一挙に撤去すれば、先ず、2008年度の実績で年間3,911億円といわれている『施設保全費』(接続料金算定根拠としてNTTが提出した資料にある数字)がゼロになる筈であり、『原価償却費』や『営業費』などが不要になることも計算に入れると、『全国一斉に行なう光100%敷設のコスト』を賄って十分お釣が来る筈。『施設保全費』の一部は『光との共通コスト』であるという指摘があるが、総務省が公表している『LRICモデル』による推計では、この部分は6%程度にしか過ぎない」という趣旨の事が書かれています。

勝間さんの言われるように、これは「純粋な計算問題」であり、「どちらの話を鵜呑みにするわけにもいかない」のは当然ですから、もしNTTが「話にならない」と考えるのなら、「この数字の何処がどう間違っていているか」を具体的に示して論駁すれば、簡単に結論は出るのではないでしょうか? 

鵜浦副社長は、「上場企業なので出せない情報もある」とも言っておられますが、先ずは、最小限、3,911億円という巨額の「施設保全費」が、概略どんな費目から成り立っているかだけでも示し、その上で、「ここの部分の詳細数字は、こういう理由で企業秘密とせざるを得ないから、公表できない」とか、「この部分は、仮にメタル回線を全廃してもなおなお必要となる」と説明すれば、納得性は高まるでしょう。(逆に言えば、それがない限りは、単純に「話にならない」と言われても、誰も納得出来ないというのが当然ではないでしょうか?)

また、鵜浦副社長は、「公開討論の必要性はない」とも言っておられますが、それはNTTが決めることではなく、国や国民が決めることではないでしょうか? 仮に「公開討論をしてみても得るものは少ない」という考えがあったとしても、「公開討論は有害である」と考える人は少ないでしょうし、今回のように議論が完全にすれ違っていて、勝間さんの言われるように「どちらの言い分を鵜呑みにするわけにもいかない」場合は、みんなの前で、両者が直接話し合えば、少なくとも多くの人達が判断しやすくなる状況にはなるでしょう。

現在のタスクフォースのやり方は、構成員のみが関係者に質問できる立場ですが、これでは、裁判において、「裁判官のみが原告や被告やその証人達に質問出来る」というのと同じになってしまいます。(実際の裁判では、両者の弁護士が、共に自由に相手方に質問出来ます。)

さて、ここで、隔靴掻痒の思いに耐えられなくなった私は、一つの決意をしました。今回、私は、「当たり前の方法論」を論じるだけではなく、私自身の「一つの仮説」を披露させて頂いて、それについての皆様のご意見を伺う為に、このアゴラの場を使わせて頂きたいと考えました。

(ソフトバンクはNTTの同業者であり、取引相手でもあるので、私も会社を代表する立場としては、ここまでは言い難いのですが、何時まで待っても、ジャーナリストや学者の先生方からは一向にこの事についての言及がないので、「私が一個人として言うのならなら、ここまで言ってもまあいいだろう」と思い切ったわけです。)

私の仮説は下記の通りです。

1)私の理解では、3,911億円(2008年度)のメタル関係の施設保全費の殆どは、MTT MEやNTTネオメート、及び俗に「ハイフン会社」と呼ばれる全国に散らばったNTT東・西の連結子会社への「業務委託費」の筈である。

2)これらの連結子会社のコストの大部分は、人件費であると思われる。

3)内閣官房の行政改革に関するHPによると、2008年度におけるNTTの固定系3社の正社員数は、東0.8万人、西1.2万人、Com 0.3万人、合計2.3万人であるのに対し、連結子会社439社の総従業員数は17.5万人近くにも及んでおり、他の資料などから推論すると、この約6割近くが工事・保守の為の要員と思われる。

4)上記から、大胆に仮説を立てると、今議論の対象になっているメタル関係の施設保全費の殆どは、およそ10万人に近いNTT東・西の連結子会社の社員の人件費ではないかと思われる。

勿論、この仮説は、全く間違っているかもしれません。そもそも、私のような部外者が勝手に仮説などを立てる前に、NTTは勿論その詳細を知っているわけですし、NTTの帳簿を閲覧している国税庁も当然その詳細を把握しているわけですから、本来はNTT側から説明がなされるのが当然でしょう。この様な内訳の公表は、「株主の利益を害するもの」とはとても思われませんから、「上場会社として秘密を守らなければならない」とも認め難いものです。

従って、NTTは、一日も早く、議論の対象となっているメタル回線の「施設保全費」の全容を開示し、タスクフォースの構成員やソフトバンクなどの関係者に、その数字をベースにして全ての議論を行なうことを求めるべきです。

さて、それでは、この私の仮説が「そう大きくは間違っていなかった」と、一応仮定させて頂く事としましょう。そうなると、鵜浦副社長の今回の「とんでもない。出来っこない」というご発言は、誠にもっともなご発言であるという事になります。メタル回線を全廃したところで、人員は減らすわけには行かず、従ってコストは全く減らないからです。

そして、無理に人員を減らそうとすれば、副社長の言われるような「株主への裏切り行為」にはならないとしても、「労働者と労働組合への裏切り行為」になり、政治も巻き込む「大混乱」を招くことは必至です。

ですから、私とて、「この際人員を大幅に削減するべきだ」等と言っているわけでは決してありません。(まして況や、自らも通信事業を営んでいるソフトバンクが、そんな事を求めているわけはありません。)私が言いたいのは、そうではなくて、「ここで不要になる保守人員を、『光回線の敷設(メタル回線からの張替え)工事の要員』として活用すべきだ」ということです。

「何れは必要となる全国津々浦々までの光回線の新設を、一挙に前倒しして、5年間でやってしまうべき」という提案に対し、「必要な工事要員を確保出来るわけがないから、そんなことは不可能だ」と言われた方がおられたのを、私は決して忘れてはおりません。どんな時でも必ず出てくる、こういう「不可能論者」は、要するに、「減らすのは駄目。配置転換も駄目。とにかく今のまま何も変えずにじっとしていたい」と言っているかのようです。この人達の辞書には「改革」の文字はなく、何事もない毎日さえ守れれば、「日本の将来」等はどうでもよいということなのでしょう。

私は、昨年8月3日付の「雇用を確保しながら労働移転を行う方策」と題するアゴラの記事で、既にこのことを提案しています。池田信夫先生が常日頃から「生産性の低い分野から高い分野への労働移転の必要性」を説いておられたのに対し、私は「学者先生は抽象論だけで済むからよいでしょうが、実際にそうしようとすれば、スキルセットのミスマッチがあるので、そう簡単にはいきませんよ」と申し上げてきていたからです。

通信施設や電力施設の建設や保守は、現代社会を根底から支える極めて重要な仕事です。しかし、技術革新に伴い、それに必要とされる人員の全労働人口に対する比率は、急速に減少してきています。1984年の民営化の時点で、31.4万人を数えたNTT(当時は固定通信のみ)の社員数が、24年後の2008年にはその2/3弱の19.9万人(固定系3社 + 連結子会社439社 + 持ち株会社の一部)まで減少出来たのも、それ故なのです。

この人員削減努力自体は、勿論、それなりに評価されて然るべきではありますが、現在の各社の業務の実態を熟知した人達の目から見れば、「現状でもなお膨大な余剰人員を抱えている」事も、また明らかであるように思えます。

但し、この膨大な人員の4割以上が50-60歳代の高年層で占められていることを考えれば、ここ5-6年で、余剰感はかなりなくなるであろうと思われます。ですから、この5-6年のうちに、経験豊富なベテラン技術者の方々が、世界の歴史にも特記されるだろう「メタルから光への全面張替えの集中工事」に従事し、次世代の若者達に「情報通信の多彩なアプリケーションに関連する新しい職場」を提供することが出来れば、どんなに素晴らしいことでしょう。

このような「仕事の転換」が容易ではない事は、私とて十分理解しています。NTTの経営陣も労働組合も、こんな困難な仕事には、恐らく挑戦などしたくはないでしょう。しかし、だからと言って、これは、「とんでもない。出来っこない」というレベルの仕事でもないでしょう。

町田さんが言われるように、この仕事はNTTがその気にならなければ出来ないことです。それ故に、町田さんは「孫さんはアプローチを間違えた(NTTにつむじを曲げさせてしまった)」とも言っておられます。しかし、それでは、競争相手のソフトバンクの孫社長が最初からNTTの社長に呼びかけていたら、NTTの社長は、「そうだね。大変な力仕事になるが、一緒に手を携えて日本の為に頑張ろう」等と言ってくれたでしょうか? 勿論そんなことにはならなかったでしょう。

これは国家政策の問題であり、企業の間で話し合って決めるというような問題ではありません。だから、「政」が主導し、「官」が実務を取り仕切るしかないのです。「民」は、アイデアを出し、意見を述べ、一旦方向性が決まれば、それに対して万全の協力をするべき存在です。「つむじを曲げて」国策を左右する等という事は、勿論許されてはならないことです。

また、現在の仕事のやり方に慣れきってしまった人達ほど「発想の転換」が難しい事は、誰でもが知っていることです。ですから、NTTとしても、「外部の人間から出された全く新しいアイデア」を真剣に検討してみるというのは、決しておかしいいことではないし、恥ずかしいことでもありません。むしろ賞賛されて然るべきことでしょう。

重要なことは、今こそ、関係者全員が力を合わせ、何らかの思い切った施策によって、現在の日本の、特に情報通信分野での「停滞感」を打ち破ることです。そして、「too late, too little」と、いつも諸外国から揶揄されている「変化のスピード」を、今度こそ本気で倍化させるということです。

この為には、総務省の皆様にも、タスクフォースの構成員の皆様にも、そしてNTTの経営陣の皆様にも、もう一度原点に立ち帰って、日本の為に何が必要かを考えて頂く事を、私は切に望んでいる次第です。

さて、ここまでは、最初にお断りしたように、一市民としての私の意見ですが、最後に、「現在NTTのメタル回線を利用してADSLサービスを提供している」ソフトバンクの立場からも、蛇足ながら、一言付け加えさせて頂きたいと思います。

ソフトバンクを始めとする各ADSL事業者は、数ヶ月目に、2009年度分の接続料の請求書をNTT東・西から受け取りましたが、1回線あたりの金額は前年度に比して増加していました。この計算根拠として示された、施設保全費の総額は3,565億円で、2008年度の3,911億円より減っていましたが、その内訳は一切提示されませんでした。また、その一方で、「メタル回線の利用者数が前年に比し相当減っているので、施設保全費などのコストは若干低減しても、1回線当たりのコストは増加する」との説明を受けました。

ソフトバンクは、この接続料のレベル、特にその算出根拠となっている施設保全費について、常に大きな「疑問」(現実に毎日どのような仕事がなされているのか)と「不満」(競争原理が働いている他の業界と比べ、著しく割高になっているのではないか)を抱いてきましたが、何を言っても暖簾に腕押しであり、他に選択肢がないので、結局は泣き寝入りするしか道がありませんでした。

算出方法の妥当性について議論しようにも、議論のベースとなる算出根拠の内訳が提示されないので、議論のしようがありません。「実質独占状態になっていて、競争原理が働かない」アクセス回線などの分野では、監督官庁の権限で算出根拠の提示が義務付けられても然るべきと思うのですが、総務省の見解は異なるようです。

これは「光の道」の議論とは何の関係もないことではありますが、タスクフォースの構成員の皆様を始め、多くの方々はこういう現実を恐らくご存じないのではないかと思い、敢えて付言させて頂きました。

アゴラの最新ニュース情報を、いいねしてチェックしよう!

アクセスランキング

  • 24時間
  • 週間
  • 月間

過去の記事

ページの先頭に戻る↑