「強い首相」はいかにして可能になったか - 『小泉改革の政治学』

2010年09月11日 00:54

★★★☆☆(評者)池田信夫

小泉改革の政治学小泉改革の政治学
著者:上川 龍之進
東洋経済新報社(2010-08-20)
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民主党の代表選挙では、「政治とカネ」で大きなハンディキャップを負った小沢一郎氏が意外に善戦し、ほぼ互角の情勢だ。これは何も決まらない菅政権の現状に国民がうんざりし、強いリーダーを求めていることが一つの原因だろう。

この点で、あらためて小泉政権が再評価されている。民主党政権が掲げて実行できなかった「政治主導」や「官邸主導」を曲がりなりにも実現したからだ。ところが民主党は「小泉改革で格差が拡大した」という虚構にもとづいて「市場原理主義」や「グローバリズム」を仮想敵にし、バラマキ福祉で国民の歓心を買おうとして見事にこけてしまった。

著者の問題意識も、戦後の政治史上でまれに見る「強い首相」はいかにして可能だったのかということだ。しかし残念ながら、その分析はこの問いに答えず、新聞記事をなぞって小泉政権のあれこれの政策を跡づけるだけに終わっている。その結論も、小泉改革はいわれるほど政治主導ではなく、自民党や財務省などの抵抗勢力との妥協によって中途半端に終わった、という常識的なものだ。

たしかに小泉改革が中途半端に終わったことは事実だが、その背景には明治以来の内閣制度や官僚機構が戦後改革で解体されなかったという歴史的な問題がある。また日本の法体系が極端な「大陸法」型で、議会の権限が小さく行政の権限が大きいという構造的な問題もある。

小沢一郎氏が的確に認識しているように、日本の政治をだめにしているのは政治家にも官僚にも共通の過剰なコンセンサスである。田中角栄の時代のように日本がぐんぐん成長しているときは、政治はその果実をみんなに平等にわけるだけでよかったのだが、経済が縮んでゆくときは「痛み」を誰に負担させるかで深刻な争いが起こる。

ところが自民党=大蔵省によって形成されたコンセンサス構造は、こうした「負の問題」を解決するメカニズムを内蔵していないので、混乱が続いてきた。ましてそういう政官の合意形成システムを知らない民主党政権が宙に浮いてしまうことは避けられない。

しかし本書はそういう構造的な問題にはふれず、二次情報で自民党内の微細な政治力学を追うばかりで、本質的なアクターである官僚機構の内部構造も分析していない。ジャーナリストが書いた本ならしょうがないが、「政治学」と銘打った本としては物足りない。

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池田 信夫
アゴラ研究所所長 SBI大学院大学客員教授 学術博士(慶應義塾大学)

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