国際競争と国際協調

2010年11月14日 02:53

  昨日までダラスで開催されていたIEEE802の総会に、IEEE802.11 FIA-SG (Fast Initial Authentication Study Group)のチェアとして参加していた。

 今回は、自分がチェアを務めるFIA-SGが策定したPAR&5C (Project Authorization Request & 5 Criteria )文章が、Executive Committee で承認された。 これにより、いよいよい12月のNesComという上位委員会の決済を経て、1月からはIEEE802.11ai という標準規格を策定するタスクグループとしての活動が開始される。 このIEEE802.11aiは、今の無線LAN(Wi-Fi)搭載携帯端末などでの利用を、より安全かつ簡単にするもので、キャリアや端末メーカーらが活動に興味をもって参加してくれている。

  FIA-SGのチェアを務めることで、IEEE802.11の各グループのチェアによるチェアーミーティング等へも参加し、一般の参加者よりも一歩踏み込んだ標準化の内情や、標準化事態の抱える様々な問題に対する考えなどに接する機会が多くなった。 今回、こういうコアな仲間らとのコミュニケーションの中から、いま必要なのは国際競争ではなくて国際協調であるということを痛感することがいくつかあったので、ここで書き記したい。


 IEEEを日本語表記すると米国電気電子通信学会なので、IEEEというと学術研究者が集まると思われる方があるかもしれない。 ところが、この組織は実に巨大であり、標準規格等を策定しているのは、IEEE-SAという標準化を担当する部門で、その下にLMSC(LAN MAN Standard Committee)であるIEEE802委員会があり、無線LANはその配下のワーキンググループである。 そして、ここでの標準化への参加者の主流は、民間のチップベンダー、セットベンダー、通信事業者やそこに雇われているコンサルタント等で、大学の研究者や研究機関の研究員というのは、ほとんどいない。 実際に、米国の大学の名前をつけている参加者には、とんとお目にかからない。 このような中、例外的なのがCJK(中国、日本、韓国)で、ここからは多くの大学研究者や公立研究所の研究員が参加している。
 ここで、問題となるのは、これらの学術研究者と民間企業では、標準化に対して求めるROIが明らかに異なる事だ。 民間企業は、標準化による市場創出、成長により自らのビジネスへのリターンを求めている。 このため、彼らにとって、一つの大きな要素は、Time to the mrketである。 つまり、どんな良い標準でも、市場投入のタイミングを失うものでは困るわけだ。 しかしながら、学術研究者が標準化に求めるのは、広義に市場創出、成長への寄与なのだろうが、得てして標準化行為や標準そのものへの寄与という研究実績にあるように見える。 このため、綺麗で理想的な標準を追求するあまり、タイムリー性や実用性の部分で、民間企業と大きく異なる提案がされたり、いたずらに審議が長引いたりする結果を招くことがある。

 次に、出来上がった標準の継続的成長や普及に対する責任の取り方も、民間企業と学術研究者では大きく異なる。 民間企業では、標準ができたからといって、製品の出荷台数が増えたり、サービス契約が増えるわけではなく、それらを普及させるための継続的なメンテナンスや、相互接続性の保証をする認証試験の運用などを行い、市場に対する責任を継続して担って行く。 一方、学術研究者の多くは、標準ができあがれば勲章が一つ胸につき、成果達成であり、その後の普及や市場継続には、あまり多くを資することがないだろう。 もちろん、ある規格が普及、継続して使われれば、標準に対する評価が上がるのだから、大局的には同じはずなのだが、昨今の研究機関に対する短期的な評価などを背負っていては、このようなおおらかな対応はできない。

実際に、無線LANでは、IEEE802.11という標準化があるとともに、WFA (Wi-Fi Alliance)という民間の相互認証機関があり、WFAでは、標準の普及に必要な相互認証、製品認定から規格のプロモーション等を行なっており、こちらは完全に民間企業同士のビジネスアライアンスである。 IEEE802.11をリードしている民間企業は、WFAでも主導的な立場をとって、総合的に標準の策定~普及、維持継続までの責任を全うしているわけだ。

 また、IEEE802.11では、標準化をリードしているメンバーは、個々の標準の策定という場所で、提案をするだけでなく、IEEE802.11やIEEE802全体の運営や活動にも、相応の対応をしており、多くの共用的なボランティア役務を負担しており、一週間の会合の締めくくりまで、しっかりと寄与している。 今回も、200人くらいいた参加者のうち、最終日のクロージングまで残り、全体の進行などの議決にきちんと議決権を行使したのは、半分以下であったが、その多くは802.11をリードする民間企業であり、学術研究者はほとんどいなかった。

 いま、IEEE802.11afというタスクグループでは、主に米国でのTVホワイトスペースで無線LANを使う標準規格の策定が進められているが、ここでも米国でビジネスをする民間チームは、既にWFAでもMRD(Market Requirement Documentation)の策定等に入って、ビジネスの視点で推進している。 従って、CJKのようにホワイスペースが無い地域の参加者が提案をしても、彼らとの共通の利益が見えず、標準化のための標準提案としか映らないようだ。 端的に表現すれば、「君たちには、関係ないでしょ?」ということになる。
 では、国際標準の策定において、学術研究者はプレゼンスがないかというと、そのような事はまったくないし、むしろとても重要なステークスホルダーだ。 たとえば、実験による測定知験や学術的解析など、学術研究者ならではの寄与というフィールドはたくさんあり、そのような寄与は多いに歓迎される。 しかし、この寄与という範囲を超えて、共通のROIを描けない研究者が、標準そのものの中身に必要以上に介入すると、それは厄介者にしか映らないのだ。 まして、標準の策定から普及、維持までに、広範囲に責任を全うし、かつ標準策定全体の運営に広くリソースを提供している民間企業と、競争したり、投票ルールを逆手にとったごり押しなどをすれば、早晩出入り禁止的な対抗策が講じられることに成りかねない。

  現在のフォーラム型の標準策定は、まさに集合智の力を発揮する場所であり、求められるのは国際競争でてはなく、国際協調なのだ。 もちろん、民間企業同士が、互いの利益誘導のために正面からぶつかる事はあるし、その時には議論も、投票も繰り返されるべきで、日本的根回し、談合が必要という事ではない。 しかし、民間企業は、水面下でコンソーシアムを組成し、共通の利益のために戦略的に標準化に取り組んでいるという事実を忘れては成らない。

  かくいう自分も、自らの提案こそが正しいという感覚から抜けず、FIA-SGの初期においては、投票行為の行使による推進を計ったこともあるが、結局必要な時間をかけ、議論をすることで、互いの共通の利益を見いだす事で、今回タスクグループへと反対なく進む事が出来た。

  ここ数ヶ月、チェアー仲間などからは、民間企業と学術研究者のギャップに関する不平、不満が増えていて、実際にルールの改訂の必要性なども協議されつつある。 しかし、民間企業も、学術研究者もともに標準化には、必要なキープレイヤーであり、これらが相反せず、最大利得を得るためには、節度のある行動、全体への寄与、立場の違いを意識した対応が強く求めらている。

*802.11aiと書くところを、802.11ahと書いていたので修正しました。

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