政治とメデイア

2011年01月03日 10:43

「政治」の話題と成ると、私の回りでは政治そのものよりもメデイアの扱いに就いての不満や問題点が指摘される事が多いのである。個人的には、ずっと以前から新聞は読まないしテレビも殆ど見ないのでどちらかと言うとピンと来ない訳であるが皆の不満を要約すれば最近焙り出された検察特捜部が予め用意された「シナリオ」ありきで無理やり調書を作成したのと同様、結果ありきで露骨な「世論誘導」をやって居ると言うのである。

此の背景としては、政権交代に期待し民主党に投票したにも拘わらず、小沢一郎議員は腹黒で金に汚い老獪な政治家と言うイメージを「政治と金」と言う短いフレーズで集約し、結果政治資金収支報告書の記載間違いと言う単なる手続きミスをまるで「大疑獄事件」の如く繰り返し報道する事で民主党を2分し、あるべき政治主導の下での政治改革が遅々として進まない事への鬱積した不満があるのだろう。

国民が今少し冷静に成って考えれば、政治主導で変革を求められるであろう候補として「電波利権」に寄生する「地上波」と言う名の寄生虫が想定され、彼らが此の動きを阻止する為、形振り構わぬ行為に打って出る事は自明の理である筈だ。

Social Capital(リアルな人間関係)が高い地域社会ではそもそもメデイアの出番は無く有権者と候補者の過去の「柵」と判り易くて露骨な「利益誘導」が全てである。その結果、地方都市は無機的で空虚な空間を我々の前に晒し、地域社会は崩壊の危機にある訳である。

一方、Social Capitalが低い都市住民に対してはメデイアは大きな影響力を持つ。政治家が手っ取り早く当選するにはテレビに頻繁に登場し、予めテレビ局が用意したシナリオを読んだり、フレーズをCueサインに従い連呼する訳である。そして此の3流タレントに身を落とした代償として票を得るのだ。

昨年、注目と話題を集めた事業仕訳も「予算編成の可視化」以外では何の成果も無く、無意味だ。唯、テレビ局に取っては正月の大学駅伝の様に楽して視聴率の取れる美味しいイベントなのだろう。

結果、良心的な国民は地域のリアルな利益誘導と都市部でのメデイアの強引な世論誘導の谷間で途方に暮れフラストレーションを抱えて居ると言うのが現在の日本の「政治とメデイア」の風景では無いだろうか?

此の状況を改善するにはアゴラの様な良心的で高品質なメデイアが国内世論の主流と成るべきではと思う。その為に必要な事は国民一人一人の意識改革、つまりは日本の状況のしっかりとした理解に努め、日本をあるべき方向に導く為個人として出来る事を当たり前の事として行うと言う「覚悟」を持つ事だと思う。

2011年は個人としての、「自覚」と「自立」が強く求められる年に成る気がする。

山口 巌
ファーイーストコンサルティングファーム 代表取締役

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