チープトークとしての就活

2011年01月15日 16:11

先日の私の記事に、トヨタ人事部の萩野勝彦氏から的確なコメントがあったので、補足しておきます。

「これ(情報の非対称性)によるモラルハザード」というのがこの場合なにを指すのかが明確ではありません」というのはおっしゃる通りで、実は私も元記事を書くとき、ちゃんと書こうかと思ったのですが、別の〆切に迫られていたので、ロジックを省略して自分の本の引用でごまかしてしまいました。

モラルハザードは職務を実行する段階で起こるものだから、「就活のモラルハザード」というのはおかしい。これはゲーム理論でいうと、チープトークの問題です。これは例えば「私は優秀な学生です」という言葉に裏づけがない(コストがかからない)場合を言います。その意味を二つの簡単なゲームで考えてみましょう(これは普通の利得行列とは違って上欄は相手ではなく職務で、数字は採用した場合の「学生,企業」の利得)。

総合職 一般職
優秀  2,2  0,0
無能  0,0  1,1
総合職 一般職
優秀  2,2  0,0
無能  3,0  1,1


ある学生を採用するとき、優秀な学生が総合職についたら企業も利益を得るが、無能な学生が総合職についたら職務を遂行できず解雇されるとすると、利得は上の左の図のようになります。この場合は無能な学生が「私は優秀だ」と嘘をついて就職しても職を失うので、彼女には嘘をつくインセンティブがなく、その話はチープトークであっても信用できる。

他方、無能な学生が「私は優秀だ」と嘘をついて就職しても企業は彼を解雇できないとすると、利得は右の図のようになります。この場合は、すべての学生が「私は優秀だ」と嘘をつくことが支配戦略になるのでチープトークは信用できず、学歴で選ぶしかない。偏差値の高い大学に入るコストは優秀な学生のほうが小さいと考えられるからです。これがシグナリングです。

この手の論文はたくさんあり、Farrell-Rabinが簡単にまとめていますが、就活の例でいえば、学生と企業の利害が一致しない限りチープトークは信用できない。企業が詳細なjob descriptionを明記して、それを満たさない場合は解雇できるといった契約を提示すれば、左の図のように学生の言明が意味をもつ可能性がありますが、終身雇用が保障されていると、学生の「プレゼン」にはほとんど意味がない。

つまり就活が中身のないチープトークになるのは、学生と企業の利害が一致しない(利得関数の傾きが逆になっている)ためで、その原因は企業の求める職務が曖昧なことなのです。これは終身雇用を前提とする限り避けられないので、学歴+チープトークで選ぶと、一定の確率で「はずれ」が出る。しかし無能な社員でも、怠けたら窓際で恥をさらすという評判メカニズムでモラルハザードを防ぐことは可能だ・・・と元記事に続くわけです。

たぶん非常にわかりにくいと思いますが、厳密に説明するのは大変なので、ゲーム理論に興味のある人はFarrell-Rabinを読んでください。

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池田 信夫
アゴラ研究所所長 SBI大学院大学客員教授 学術博士(慶應義塾大学)

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