エジプト大混迷    藤井 まり子

2011年02月04日 11:27

エジプトの平均年齢はおよそ25歳前後。
その若いエジプトが民主化を求める反政府運動で大触れに揺れています。
ムバラク政権はいずれ倒壊するものの、エジプト大混迷は長引き、今後数週間は続くことでしょう。

【中東・北アフリカの地政学的リスク
  ―覇権国家アメリカの軍事力の弱体化の歴史―】


振り返ると、1979年にイランでイラン革命が起きて、親米政権のイラン王制が終わりを告げました。

30年以上前の当時のイラン革命で、その精神的支柱になったのは、もちろん、イスラム急進派であるシーア派のイスラム原理主義運動でした。(イスラム急進派は、イスラム過激派とは違うことはなにとぞご注意ください。)

今でも、イランは、シーア派のイスラム原理主義・国家です。

一般に、イスラム急進派は、一般にはイスラムシーア派と呼ばれて、「急速な欧米化」には一線を画す人々です。

一方、イスラム穏健派は、一般にはイスラム・スンナ派と呼ばれており、「欧米化」には鷹揚(おうよう)な人々です。

1979年のイラン革命時、当時のアメリカは、イランを「反共の砦(とりで)」として、地政学的に大変重要な位置付けを行っていました。よって、このイラン革命の成功は、当時のアメリカにとっては、大変なショックでした。

そして、当時の欧米諸国は、欧米化を排して、原理主義によるイスラムシーア派の国家:イランが、その後30年以上も体制を維持し続けられるとは、想像だにできませんでした。

しかしながら、イスラム原理主義国家:イランは体制を維持し続け、それどころか、21世紀の国際社会の中では、グローバルな国際社会での地位を高めるに至っています。

日本国内で暮らしていると、今のイランは、北朝鮮と同様に、国際社会で孤立しているように勘違いしがちですが、それはとても間違っているのです。

21世紀の国際社会では、イランは急速に中国やアフリカ・北朝鮮に接近。

イランは、今回の大混迷の舞台となったチュニジア、エジプトなどの北アフリカのみならず、トルコ、ブラジル、ベネズエラ、キューバなどなどの第三世界の国とも友好関係を結んでいます。

そのイランは、21世紀に入ると、濃縮ウラン製造にも成功します。(あるいは、来年あたり成功しそうな様子です。)
イランは北朝鮮へ濃縮ウランを輸出して、北朝鮮はイランへミサイルを輸出しようとしています。
イラン製の濃縮ウランは、北朝鮮では北朝鮮製ミサイルに搭載されるはずです。
北朝鮮では、北朝鮮製のミサイルにイラン製の濃縮ウランが搭載されるはずなのです。(あるいは、予定なのです。)

基軸通貨:ドルの斜陽が、1971年のニクソンショックと同時に徐々に始まったように、アメリカの覇権国家としての軍事力の弱体化も、1970年代から徐々に始まっているのです。

「覇権国家の軍事力の弱体化の歴史」と「基軸通貨の衰退の歴史」は、コインの裏表のように、表裏一体になって進行しているのです。

アメリカの軍事力の衰退の結果、覇権国家:アメリカの軍事力でオーソライズされていたはずのアラブ穏健派の国々では、その体制維持に、少しずつ制度疲弊が起き始めていたのです。

イラン・北朝鮮の両国が核ミサイル製造に成功すると、中東では、イランとイスラエルが核ミサイルで睨みあう(にらみあう)ようになります。
同じように、東アジアの軍事バランスも崩れます。

さて、
今回のチュニジア革命やエジプトの大混乱で、最もショックを受けたアラブ穏健派は、サウジアラビアでしょう。

振り返ると、80年代初めから、この日本国内でも、「穏健派の代表であるサウジアラビアでは、いつまで王制は維持可能なのか?」などといった「中東のイスラム穏健派のカントリーリスク」について、大真面目に議論されていました。

その後、サウジアラビアは、豊富な石油収入を原資に、国内の社会福制度を、諸外国の想像以上に、急速に充実させて、国内の改革派やイスラム原理主義派(シーア派)を、骨抜きにしてゆき、サウジは王制をなんとか維持できています。

もちろん、サウジをはじめ、アラブ穏健派の国々の王制維持には、アメリカと言う絶大な軍事力を保有する覇権国家の「後ろ盾・お墨付き」があったからこそ、維持可能だったのです。

サウジなどのアラブ穏健派の中東の国々と同じようなこと(アメリカの軍事力による後ろ盾あっての王制の維持)は、チュニジア・エジプトなどの長期独裁政権の北アフリカでも、指摘できます。

アメリは、オバマの長期エネルギー計画で、「アメリカ国内では新エネルギー開発を強力に推進して、脱中東を目指している」ものの、やせてもかれても、OPECの石油生産は、未だに、世界の石油生産のおよそ4割を占めています。

目先、中東情勢が不安定になることは、即座に原油価格の急騰を意味します。

穀物価格の急騰だけでは、先進国経済は失速しませんが、原油価格が1バーレル100ドルを突破すると、先進国経済は即座に失速し始めてしまいます。

(1月31日のWTI先物価格は、1バーレル90ドル余りで維持されています。もちろん、北海原油などの価格はもっと急騰しているようです。)

【チュニジア(ジャスミン)革命とインターネット(Wikileaks)】

北アフリカの国々では、石油・天然ガスの資源に恵まれていたり、石油以外のなにがしかの資源に恵まれており、さらには、国民の教育水準も比較的高い国が多いです。(識字率も8割近くと高い。)

そして、2011年初頭。
狂騒する食品価格の暴走は、中国人民銀行の大幅利上げよりも、一足早く、北アフリカの「普通の人々の怒り」を爆発させました。

チュニジアでは、汚職を排して民主化を求める人々の抗議運動が沸騰、1月14日には、ベンアリ大統領がサウジアラビアに亡命、23年間にわたった独裁体制が崩壊しました。
チュニジアの国花がジャスミンであったために、この革命は、ジャスミン革命とも呼ばれています。

14日のチュニジア革命のきっかけになったのが、一人の青年の抗議の焼身自殺です。
チュニジアでも、若者を中心に失業率が高止まっており、これに、昨今の食品価格の急騰が重なり、人々の鬱積(うっせき)は頂点に達していました。

このチュニジア革命の最大の特徴は、政治的・思想的背景があったわけでは一切なく、あるいは、イスラム原理主義運動とも全く無関係に、ごく普通の人々が、若者も子連れも、なかには老人も、老若男女の違いを越えて、自然派生的に巻き起こしたものだったということです。

今回のチュニジア(ジャスミン)革命に先駆けて、Wikileaksでは、
アメリカの駐チュニジア大使による「チュニジアの大統領一族の腐敗ぶりに関する公電」の内容が、リークされていました。

駐チュニジア大使:ロバート・ゴーディック氏のアメリカ本土への公電がWikileaksにリークされることで、チュニジアの普通の人々は、「ベンアリ大統領一族がマフィアの『ファミリー』のように贅沢三昧な暮らしをしながら、腐敗・汚職で国全体を支配している様子」を知って、怒り心頭に達します。

さらに、アメリカの駐チュニジア大使その人が、母国への公電で、チュニジア大統領にあきれ返っている様は、チュニジアの普通の人々には、「アメリカのチュニジアへの見方が自分たちチュニジア国民の考え方と同じだ!!!」と、大変な勇気づけられました。
チュニジア国民は、自分たちチュニジア国民の怒りは、「アメリカ政府のお墨付きを得た『正当な怒り』だ!」と、自信を深めたのでした。

ベンアリ・チュニジア政権を表向き支持していたアメリカ政府にとっては、Wikileaksのリーク情報は、実は大変な大きな迷惑だったとも言えます。

アメリカのオバマ政権が、Wikileaksの創設者であるアサンジ氏に怒り狂って、イギリス政府に身柄送還を強く要求しているのは、こういった背景もあります。(アサンジ容疑者をアメリカへ送還すると、アメリカで死刑にされてしまうかもしれないということで、イギリスはアメリカへの送還にためらっているようです。)

【エジプトの大混迷】

インターネット時代は、チュニジアのジャスミン革命情報も、そのいきさつも、FacebookやTwitterなどで、あっという間にインターネットを介して世界中に伝播されてゆきます。

1月下旬には、チュニジアの反政府抗議運動は、エジプト・リビア・アルジェリア・ヨルダン、そして一部サウジへも飛び火します。さらには、スーダン、イエメンなどなどにも一部飛び火しているようです。

エジプトは、人口およそ8、000万人で、出生率も大変高く、国民の平均年齢は25歳です。
エジプトもチュニジア同様、教育水準及び識字率の高い国です。

エジプトはたいして天然資源には恵まれていませんが、ピラミッドを始めとする観光資源に恵まれており、さらにはエジプトは、洋の東西の海運の要である「スエズ運河」を保有しています。

ムバラク独裁政権は、既に成立してから30年も経過。
今年82歳になるムバラク大統領は、今年、次男への権力移譲(世襲)を企てていたところでした。

ムバラク大統領は、80年代、90年代と、永らく海外からの資本流入には消極的でしたが、2005年から、政策を大転換。グローバリゼーションの流れに乗って、海外からの投資マネーをエジプトに呼び込むことで、エジプトの経済発展を促す政策に、大転換しています。

そういった中で、サブプライム危機の荒波は、前述のチュニジアやこちらエジプトにも、当然のごとく波及します。

エジプトの若年層の失業率はうなぎ上りに上昇していたと言われています。

そして、グローバル規模での食品価格の高騰でした。

エジプト国民の我慢も頂点に達してしまいました。

先週末の1月28日までには、エジプトでは三人の若者が抗議の焼身自殺を次々と行いました。

街路で抗議の反政府運動に参加したのは、エジプトでも、やはり、若者を中心にしているものの、老若男女の違いを超えた、あらゆる世代の「普通の人々」でした。

エジプトでは、中産階級や富裕層も育っていましたが、彼ら中産階級の普通の人々は、ムバラク独裁政権の退陣を叫びながら、草の根で民主化を求め始めています。

ムバラク政権も第三世界の中では、親米派であったとも言われています。ムバラク・エジプトは、軍事力維持のために、アメリカから年間10億ドル以上の資金援助を得ていたと言われています。

エジプトの暴動で、ムバラクの次に驚いたのは、中国であり、そして、痩せても枯れても世界最大の軍事力を保有する覇権国家・アメリカであり、親米路線で体制を維持している「サウジを始めとするアラブ穏健派の国々」でしょう。

エジプト内で民主化を求める反政府抗議運動が高まってゆくにつれて、建前だけでも民主化を標榜しているアメリカは、先週後半から、ムバラク政権をけん制しはじめます。

先週後半には、「ムバラク政権が軍隊を使って反政府運動を鎮圧すること」「ムバラク政権が国内のインターネットを規制すること」には、アメリカ・オバマ政権は、強い反対意思を表明しました。

エジプト国民のみならず、世界は、このアメリカの反対意思表明で、「ムバラクの退陣は時間の問題」と感じました。
エジプトの草の根の反政府抗議運動は、アメリカの「お墨付き」をゲットできたと自信を深め、一気に盛り上がりました。

藤井 まり子

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