エジプトの混乱 ― 米国外交転換への圧力

2011年02月10日 10:00

第二次大戦後のアメリカの外交政策は、民主主義、人権、自由の擁護と言う「原則と価値」を前面に掲げながら、実は米国の国益を第一にしてきた。エジプトの混乱の背景には、エジプト国民が米国の外交政策の原則と米国の国益保護との矛盾に対する大きな不満がある。


私が初めて米国に駐在した60年代にも、米国外交の矛盾はあった。ベトナム戦争を巡り、国連の安保理事会で「国際正義」を強調した米国の国連代表が、翌週の米国議会の公聴会では「国際正義」を「国益」に言い換えて発言する場面を見て、米国のしたたかな外交と、日本外交のナイーブさの違いに驚かされたものである。

それでも当時の米国は、ベトナム戦争で米国の国益追及が行き過ぎると、「ペンタゴンペーパー事件」の様な自浄能力が発揮され、「ウォーターゲート事件」に代表される過度な党派性には「デイープスロート」が現れて是正する健全性があった。グローバル化の名の下に、メデイアまで資本の原理で統合された現在の米国では、これも願うべくもなく健全なチェックアンドバランスの復元は、インターネットの成熟を待つしかない。

発展途上国を相手にした米国外交の欠点は、米国の国益を重んじる余り、常に当事国の国民の利益より、腐敗した政権の利益を支持してきた事である。エジプトの混乱は、民主主義、人権、自由の擁護を無視して、独裁と腐敗を続けてきたムバラク政権を支持してきた米国の外交や援助政策に対する国民の抗議でもある。

エジプトのデモが長引き先鋭化すれば、経済の根幹を握る観光は途絶え、国民生活に極度の混乱を呼ぶだけでなく、ストライキを含む騒乱に連なる恐れだけでなく、反ムバラク感情が、イスラエルの傲慢不遜を擁護する反米感情を更に煽る事も避けられない。

アメリカにとっての外交ジレンマは、イスラエルの権益を守るために腐敗したムバラク政権を選択して来た誤りに気が付いたとしても、親イスラエルロビーに牛耳られた米国政府がエジプト民衆を無条件に支持する事は政権の自殺行為に等しい現実がある。

難しさは米国の国内事情に留まらない。米国が年間10億ドルを超える援助(主として軍事援助)を与えて支持してきたムバラク政権は、原理主義に近いイスラム同胞団の影響力に対抗できるような政党が誕生するのを認めなかった事も、政権担当能力を持つ野党が存在しない弊害を生んでしまった。

世界、特に米国とイスラエルがエジプトの今後のことを懸念していることは間違いない。今のところ、エジプトの新任副大統領の呼びかけた会談に応ずるなど、思ったより穏健な対応をしているイスラム同胞団だが、ムバラクがいなくなれば、イスラエルとの和平条約を破棄すると表明したり、場合によってはイスラエルを攻撃すると示唆する強硬な側面もちらつかせている。エジプトはアラブで最大の国家でアラブ世界の指導国だと言う事実を考えると、エネルギーを中東に依存する日本にとっても対岸の火だとのんびり見ている事は許されない喫緊の問題である。

米国にとって、エジプトに次ぐアラブの同盟国であるサウジも多くの問題を抱えている。サウジでも自由や人権については不満を持っている人は多いが、エジプトのような貧しさに苦しんでいる人は少ない一方、宗派問題と言う厄介なお荷物を抱えている。 

エジプトの急激な変革を望んでいないイスラエルにとっては、隣国のエジプトを過激派イスラム勢力の国にしないことが重要だとしても、ロシア移民を中心とする極右にバランスオブパワーを握られている現状では、簡単な事ではない。

ベトナムからアフガニスタンに至るまで、民衆に背を向け、腐敗した政権を擁護してきた第二次世界大戦以降の米国の発展途上国外交は、「原則と価値」を優先して民衆の側に立つ時期を迎えた。この転換を実行できれば、結果として米国の国益にも寄与し、国際平和と正義にも貢献する事を疑わない。

オバマ大統領は今こそ、2009年1月20日にワシントンに集まった200万人の聴衆を感激させた「米国建国の初心」に戻る訴えを実践し、国益より民主主義、人権、自由の擁護と言う「原則と価値」を重視する外交の原則に戻る事が、世界の警察官の役割りを担う超大国米国の義務であり、グロ-バル化が米国化を意味しない事を証明する為にも必要だと信ずる。

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