厚生年金に加入すると非正社員は救われるか

2011年03月07日 21:23

3月5日の社会保障改革に関する集中検討会議で、非正社員の厚生年金への加入拡大が打ち出された。現在は正社員の所定労働時間の4分の3以上の勤務実態がなければ非正社員は厚生年金に加入できないが、この条件を緩和しようというものだ。菅首相は「全力を挙げてやってみたい」と意欲を示したそうだ。

雇用条件や賃金の不安定な非正社員にも厚生年金を拡大して安定した老後を保障するのは、いいことずくめで反対する筋合いがないようにみえる。しかし自公政権でも同様の法案が国会に提出されたものの、中小企業団体の反対で廃案になった。なぜ企業は反対するのだろうか?


それは問題がメディアの報道するように「労働者の加入条件を緩和する」ことではなく、「中小企業を厚生年金に加入させる」ことだからである。企業が厚生年金に加入すると、年金保険料の使用者負担が発生する。厚生年金の場合、約16%の保険料を労働者と企業が半分ずつ負担するので、企業は賃金の8%ぐらい「追加賃金」を払うことになる。

これは一見、労働者にとっては、賃金とは別に会社が保険料を払ってくれるので結構なことのように見えるが、企業から見ると労働者のコストは賃金+社会保険料で決まるので、厚生年金に加入すると賃金コストが増える。だから企業は、厚生年金の保険料(追加賃金)の分だけ賃金を下げることが合理的である。

たとえば年収500万円の労働者を雇って、厚生年金保険料の企業負担が40万円発生したとすると、企業は賃金を460万円に下げないと人件費が圧迫される。もちろん賃下げはむずかしいので、賃上げ交渉のとき「厚生年金込み」で賃金を提示して昇給幅を圧縮することが考えられる。

日経新聞で最近、岩本康志氏も紹介しているように、実証的にもこれは確かめられ、保険料はほぼ100%賃金に転嫁されている。つまり厚生年金の保険料が増えた分だけ賃金が減るので、企業が年金保険料を負担することは労働者保護にはならず、賃金を後払いするだけだ。

しかし中小企業の場合にはもともと賃金が低いため、転嫁が困難である。保険料を払えない中小企業も多い。賃金に転嫁できなければ、年金保険料は最低賃金を引き上げるのと同様の効果をもつので、中小企業は雇用を減らす。パートタイマーが厚生年金の対象になったら、中小企業は労働時間を減らして短期のアルバイトに切り替えるだろう。

要するに、非正社員を厚生年金に加入させることは、彼らの待遇改善にはならず、その賃金を減らすか雇用を減らす結果をもたらし、どっちにしても労働者の損失になるのだ。おまけに多くの企業で年金会計が破綻して減額が相次いでおり、今の若い世代にとっては賃金を削って払った年金保険料が返ってこないおそれが強い。政府が賃金を規制する温情主義は、労働者のためにはならないのである。

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池田 信夫
アゴラ研究所所長 SBI大学院大学客員教授 学術博士(慶應義塾大学)

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