カンニング受験生の逮捕は「行き過ぎ」という議論は「常軌を逸している」という意見は、常軌を逸している - 杉井 英昭

アゴラ編集部

今回の逮捕が「行き過ぎである」という意見に対して、知的財産法学者の玉井克哉氏は、「常軌を逸している」と評しています

その理由として、「日本は法治国である」「犯罪が発覚し」「被疑者に逃亡・罪証隠滅のおそれがある」ことを挙げています。


まず、玉井氏が挙げた上記の点について、解説のようなものをしてみようと思います。純粋な法律論というのは、無味乾燥でつまらないものと思われる方も多いでしょうが、お付き合い下さい。

法律上、(通常)逮捕はいかなる場合に許される(=適法)のでしょうか。

これは、刑事訴訟法に規定があり、第1に「被疑者が罪を犯したことを疑うに足りる相当な理由があること」、第2に「『明らかに逮捕の必要がないと認めるとき』ではないこと」です。1つ目を「逮捕の理由」、2つ目を「逮捕の必要」と呼びます。そして、「明らかに逮捕の必要がない」場合については、刑事訴訟規則によると、「被疑者が逃亡する虞がなく、かつ、罪証を隠滅する虞がない等」という例示があります。

警察官等は、「逮捕の理由」があると考えれば、裁判官に逮捕状の発付を請求し、裁判官は、逮捕の要件を満たせば、逮捕状を発付します。そして、警察官はその逮捕状に基づいて、被疑者を逮捕することが、法律上許されているのです。

そこで、今回の事件をこれらの要件に照らしてみましょう。

まず、「逮捕の必要」について、特に罪証隠滅の虞は肯定しやすいでしょう。実際、新聞記事等によると、警察官は当初、任意での事情聴取を行うつもりであったところ、罪証隠滅の虞があると判断して逮捕に切替えたようです。ここでの罪証隠滅としては、特に被疑者の自殺が挙げられるでしょう。警察もこれを最も懸念したのではないでしょうか。

次に、「逮捕の理由」を見てみましょう。

「罪を~相当な理由」における「罪」とは、「犯罪」、すなわち「刑罰の課せられる行為」のことです。本件では、偽計業務妨害罪(刑法233条)がこれに該当します。

ここで読者の中には、「カンニングが偽計業務妨害罪に該当するか?」と首を傾げる人もおられるでしょう。確かに、今回の試験関連業務の妨害(以下「本件行為」と言います。)が刑法233条に該当するか、というのは一つの争点となりうるでしょう。

だからといって、このことは、直ちに逮捕の違法性を導きません。

刑法233条には、「偽計を用いて、人の・・・業務を妨害した」場合に犯罪が成立すると規定されています。

この法文からは、本件行為の同条該当性は、必ずしも明瞭ではありません。

しかし、この争点は、被疑者が起訴されたときに、公判で弁護人が主張して争えばよいことです。もし同条に該当しないのであれば、裁判所は「無罪」の結論を出すでしょう。

また、それ以前に、検察官が同罪に該当しないと考えれば、不起訴処分にするかもしれません。

つまり、警察官が被疑者を逮捕する段階では、未だ本件妨害行為の刑法233条該当性は判断しなくてよいのです(むしろ判断すべきではない)。
したがって、大学から被害届が出ており、業務妨害の可能性がないとは言えない以上、警察としては「逮捕の理由」を満たしていると判断することが通常なのです。さらに、裁判官は前記逮捕の要件を満たしていると考えて、実際に逮捕状を発付しているのです。

以上より、本件の逮捕は適法と言うことができます。

玉井氏が「法治国」「犯罪が発覚」「逃亡・罪証隠滅のおそれ」を理由として、今回の逮捕が「行き過ぎ」ではないと断じたのは、以上の理由によるものでしょう。

さて、それにも関わらず、玉井氏の意見は誤りだと考えるのは、「違法」であることと「行き過ぎ」であることは、別物だからです。

今回の逮捕が「行き過ぎ」であるというのは、全くもって感情的な問題です。法律論ではありません。

玉井氏は「犯罪かどうかを世論によって左右するのはおかしい」と述べていますが、これは当たり前のことです。しかし、そもそも、「行き過ぎ」論者は、今回のカンニング行為は「犯罪ではない」と主張しているのではないのです(そういう主張の人もいるかもしれませんが)。仮に犯罪であっても逮捕は不当であると主張しているのです。さらに言えば、逮捕が適法であってもやはり不当である、と主張しているのです。これは感情の問題です。しかし、「感情論」として切り捨てるべき問題ではありません。たとえ適法な逮捕であったとしても、感情的に不当であると感じられる逮捕は、やはり倫理的な行為規範に照らせば「すべきでない」ということになろうと思われます。

したがって、本件の逮捕はやはり「行き過ぎ」であるという意見は一般的な倫理観念に基づくものとして傾聴すべきものであって、法律論にのみ基づいて「常軌を逸している」と評すべきではないのです。

と、まだ書こうと思っていたことはあるのですが、ここで字数が尽きたので、とりあえず終了させていただきます。

(杉井 英昭 法科大学院生)

■本記事の続き(3月9日掲載)はこちら

コメント

  1. mierin2440814 より:

    素人の私にも納得できる説明をありがとうございます。ただ世論で法解釈が変わるのはいけないそうですが、法律とはその国民の常識(世論に似たもの)で出来るのではないかと思います。私的復讐も江戸時代では合法の様ですし、死人の肉を食するのも普通に行う時代もあったわけで要は多くの人が納得するルールを「法律」にしていると思うのですが。素人考えですみません。

  2. katrina1015 より:

    まだ詳細はわかりませんが。
    対象は受験生および試験管ではないでしょうか?
    偽計業務妨害ですから、受験生は入学試験において、大学の支配下にあったと思います。この場合管理監督責任は大学にあったはずです。少なくとも試験管の過失があったはずです。あるいは入学試験のさいにカンニングが行われることを予め予想できていたのなら試験管は故意に見逃したといえます。
    偽計業務妨害として逮捕すべきは、試験管および受験生ではないですか?
    試験管と受験生で偽計業務妨害という犯罪を犯したと見るべきですよ。

  3. koeru1122 より:

    「たとえ適法な逮捕であったとしても、感情的に不当であると感じられる逮捕は、やはり倫理的な行為規範に照らせば「すべきではない」ということになろうと思われます。」

    これだけではまったく論証になってませんよ。

  4. sugataku8 より:

    「マジョリティである一般人の見解は『逮捕は行き過ぎ』であるから、『常軌』は逸していないんじゃないですか?」
    という一言で説明できるレベルの揚げ足取りですね。

    あと、コメントにもありますが、
    試験監督が悪いという意見は、
    「レイプされた被害者も悪い。隙があった」
    という論理と同じで全く共感できません。

  5. akibako264 より:

    普通に大きめの事件がある時にやる政界の金の問題の話題逸らしだけど、まさかここまででかくなるとは思ってなかっただろ。

    誰だか知らんが政治家の人助かったね。墓穴ほってる大臣もいたけど。

  6. hideautumn より:

    皆さん、コメントありがとうございます。筆者です。

    コメントに対するコメントは、まとめてブログ記事にいたしましたので、ご興味があれば、御覧ください。

    京大カンニング事件についてのアゴラ投稿記事に関する反応について。その1

    http://d.hatena.ne.jp/HideAutumn/20110310/1299743532

    京大カンニング事件についてのアゴラ投稿記事に関する反応について。その2

    http://d.hatena.ne.jp/HideAutumn/20110310/1299743560