ケインズの投資理論をヴィクセル的に解釈すると*

2011年04月19日 23:28

岩瀬さんの記事を読んで、私も来月出す本『古典で読み解く現代経済』(PHPビジネス新書)でケインズについて似たようなことを書いたので、コメントしておきます(非常にテクニカルなので、関心のない人は無視してください)。


岩瀬さんのいうように、ケインズがバラマキ公共事業を推奨していたというのは神話で、『一般理論』にはそういうことはほとんど書いてありません。彼は他のパンフレットでは公共事業を提案しているので、それに反対だったということはないでしょうが、少なくとも理論的には財政政策が重要だとは書いていない。

彼が『一般理論』でもっとも重要な政策として提言しているのは、金利を下げることなのです。これはマイナス金利についての有名な言及にはっきり書かれています:


この提案によれば、紙幣は郵便局で買うスタンプつきの証書のように、毎月スタンプを押さないと価値が維持できない。スタンプのコストは、もちろん適切な値に固定されなければならない。その値は、私の理論によれば、金利から完全雇用と両立する新しい投資に対応する資本の限界効率を引いたものとおおむね等しくなければならない。(p.357)

ここで金利をr、正しい金利(=完全雇用と両立する新しい投資に対応する資本の限界効率)をiとすると、ケインズのいっていることは、r>iとなっている状態が続くことがよくないので、スタンプのコストsを

r-s=i ・・・(*)

となるように設定すれば、実質金利(r-s)が正しい金利iと等しくなる、ということです。ここでは、ケインズは意外に彼の批判する「古典派」に似た話をしています。つまり投資が減退しても金利が正しい金利まで下がらない「下方硬直性」が不況の原因だと言っているわけです。

しかしこれは新古典派的に考えると奇妙な理論です。r>iとなっているということは、金利が資本収益率を上回っているので投資が減り、金利が下がって需給が一致するはずだからです。それが起こらない理由として、ヒックスは貨幣需要が金利に対して無限に弾力的になって金利が下がらない「流動性の罠」というアドホックな仮定を置きましたが、これは疑問です(ヒックスものちに撤回した)。

ここで(*)式のiをケインズの否定したヴィクセルの自然利子率と考えると、「金利が自然利子率よりsだけ高い」と読むことができます。この原因は通常は摩擦的なもので、長期的にはsはゼロに近づくはずですが、特殊な場合はそうなりません。それはデフレで名目金利がゼロに張りついている場合です。

この場合、名目金利はゼロ以下に下げようがないので、実質金利(名目金利-物価上昇率)rはプラスになり、自然利子率がそれより低くてもギャップが埋まらない。30年代には10%以上のデフレが続いていたので、名目金利がゼロでもrは10%以上だったはずです。他方で投資は萎縮していたのでiは低い。ここで名目金利がゼロでデフレ率(負の物価上昇率)がrだとすると、(*)式は

「ゼロ金利でも年率rのデフレが続いていると、自然利子率とのギャップsが残る」

と読むことができます。このようにケインズの問題にした金利の不均衡は、流動性の罠といったアドホックな仮定なしでも、現代の新ヴィクセル派(DSGE)の理論で普通に説明できます。つまり激しいデフレの起きている状況では金利が高止まりして意図せざる金融引き締めが行なわれるわけです。ここでは名目金利はゼロなので、通常の金融政策はきかない。

ではデフレはなぜ起こるかというと、これは新ヴィクセル派ではGDPギャップの関数と考えます。そのGDPギャップは投資需要の関数なので、投資が減るとデフレが起き、デフレが起こると実質金利が高止まりして投資が減るという悪循環が起こるわけです。しかも投資が減ると自然利子率が下がり、一時期の日本のようにマイナスになることもあります。

日本のデフレは大恐慌に比べるとマイルドですが、起こっていることは本質的には同じだと考えられます。根本的な問題は日本の企業の投資が減退して純貯蓄部門になっていることで、これによって自然利子率が下がると同時にデフレが起こるために、ケインズのいう正しい金利と現実の金利のギャップが埋まらないわけです。つまり根本的な問題は、企業家の「確信」あるいはアニマル・スピリッツだということになります。

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池田 信夫
アゴラ研究所所長 SBI大学院大学客員教授 学術博士(慶應義塾大学)

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