災害で携帯電話の脆弱性が露呈?

2011年04月20日 09:18

今回の大震災では、図らずも、「電気」「水」「道路」「通信」の4大公共インフラの重要性が多くの人達に痛感された。特に「電気」の問題は、未曾有の原発事故と、それがこれからもたらすであろう深刻な電力不足の問題とも関連付けられ、発電部門と送電部門の分離の問題を含む「電力会社のあり方」にもやがて議論は及ぶだろう。


しかし、私の本業の携帯通信事業という分野に関しては、今回のことで何か特に新しい発見があったかといえば、そんなことはない。「放射性物質の拡散によって修理しなければならない設備のところに人を送れない」という事態だけはこれまで考えても見なかった事だったが、他の問題は、可能性としては勿論常に認識していた事である。「携帯電話の脆弱性が露呈された」等ということが色々なところに書かれているが、これは何も携帯電話に限ったことではない。固定電話は勿論、電気、ガス、水道、道路、鉄道、港湾、等々の全てが、大災害を前にしてはもともと脆弱なものなのだ。

これは3月14日付の「非常時の情報通信サービス」と題する私のブログ記事にも書いたことだが、この様な大災害においても威力を発揮するのは、結局は有線網に殆ど依存しない「衛星通信」だけだ。NTTは、離島へのサービス提供や非常時対応の為に、以前から自らの衛星回線を保有しており(かつては通信衛星会社のJSATに社長を送り込んでいた程)、今回もこの衛星回線を使った緊急公衆電話が被災地の随所で活躍した。

しかし、衛星回線を常時保有している為には相当のコストがかかる為、回線容量には限りがある。昔からこの業界にいる人は、かつて京セラがモトローラと組んで手がけたイリジウムという世界規模の衛星電話システムの事を覚えているだろうが、話題を呼んだこの事業も、結局は「事業性が全くない」事が露呈し、早々に破綻している。(破綻したのはイリジウムだけでなく、似たような他の三つの世界規模の事業も企画段階で断念を余儀なくされた。)

それでも、非常時には衛星に頼るしかないという事で、手前味噌で恐縮だが、ソフトバンクは、採算を度外視して、衛星用送受信機と簡易携帯基地局、小型自家発電装置などを車に積み込んだものを、取り敢えず70台、突貫作業で作った。タイの衛星の回線を確保し、アンテナはカナダから空輸した。「少しでも早く一人でも多くの人に通信回線を提供したい」という思いからだった。

こういう特殊な手当とは別に、ソフトバンクは既存基地局の復旧にも勿論手を抜いていない。福島原発から30キロ圏内で現在稼動していない合計38局の基地局については、作業員の健康を危険にさらすわけには行かないという会社の方針から、残念ながら手が付けられていないが、その他の地域では、エリアカバーについては4月14日の時点で震災前の状況に復しており、その後は、「応急的な措置」を「本来の通信品質と通信容量を確保した恒久措置」に切り替える作業を、5月末を目途に完了させるべく仕事を進めている。

にもかかわらず、一部のメディアには、この様な事業者の不眠不休の努力を殊更に斜めに見る攻撃的な記事が、時折掲載されている。一番ひどかったのは、「選択」という雑誌に出た「無用の長物と化すソフトバンク携帯」というタイトルの記事で、随所に事実と全く異なることが、「伝聞」「推測」という形で、裏取り取材皆無で書かれている。全体を通して「不公正で悪意に満ちた一企業に対する攻撃」と見做さざるを得なかった為、ソフトバンクは「名誉毀損、営業妨害で立件できる」と判断、「選択」に対して「訂正」と「謝罪」を求める内容証明付の要請文書を送った。

さて、話がちょっと横道にそれてしまったが、私が今回の記事で読者の注意を喚起したいのは、勿論こんな瑣末なことではない。「選択」の記事を槍玉に挙げたのは、たまたまこの記事の中に、一般論のレベルでも多くの問題が凝縮されていたからに過ぎない。以下、今後の議論の対象となるべき三つの問題について詳説する。

第一の問題:

この記事の終わりの方には、「携帯各社が利潤追求の為データ通信シフトに大きく舵を切る中で、地震はその死角をついた形になった。」「通信会社のキャンペーンに乗って、携帯電話に全ての通信手段を依存してきた日本国民は裏切られた。」「ユーザーがキャリアに求めているのは冗長な発信力ではない。寡黙にして揺るがない携帯電話そのものの発信力なのだ。」という文章が並んでいる。これらの全ては全く意味不明な文章だ。

先ず、資本主義体制では利潤追求が原則だが、各企業は利潤を得るにはユーザーが求めるものを供給することが必要である事を、勿論熟知している。データ通信シフトはネット社会が充実しつつある現在、世界中の事業者がとっている当然の企業戦略であるし、これによって、「何時でもどこでも連絡が取れる」といったような通信の基本ニーズの充足が犠牲にされているという事実は全くない。

次に、携帯電話も今回のような大災害の前では脆弱だったのは事実だが、では他にもっと良い手段があったかと言えば、そんなものは存在しない。旧来の固定電話は、家が破壊された時点で既に使えないので、携帯電話より脆弱だし、復旧にももっと時間がかかる。衛星電話は高すぎて庶民には手が出ない。この記事の筆者は何の代替案もないままに、ただ「ないものねだり」をしているだけだ。「寡黙にして揺るがない携帯電話」とは一体何を意味するのかは全く不明だ。そんなものは誰も見たこともなければ聞いたこともない。

しかし、もしこの記事の筆者が多少なりとも通信を理解する人だったなら、「非常時には輻輳を防ぐ為の発信規制が避けられない現行の交換システムから出来るだけ早く脱却し、全IP化を急ぐべきだ」と提案する事は出来ただろう。そして、その事についてなら、各通信事業者も真摯に検討するにやぶさかではないだろう。

第二の問題:

この記事の筆者は、ソフトバンクが総務省に対して、「一日も早く全ての地域で出来るだけ多くの人達が携帯電話を使えるようにする為に、各社の相互ローミングを促進すべきだ」と申し入れたのを槍玉に上げ、「ソフトバンクは自分は設備投資をせずに、他社の設備にただ乗りしようとしている」と非難している。このコラムの読者の皆さんもよくご承知の通り、この種の議論は、何も今に始まったことではなく、これまでにも何度も繰り返されてきた議論だ。

私がいつも不思議に思うのは、何故本来中立的な立場である筈のジャーナリストや一般の論者が「ユーザーの立場から見た得失」には全く触れようとせず、ひたすら「事業者同士の得失」に興味を持ち、その一方に肩入れする議論をするのだろうかということだ。穿った見方をするなら、その事業者から何らかの依頼を受けたか、または何らかの恩恵を期待しているのではないかとさえ思える。

私自身の立場は明快だ。私は現時点でソフトバンクの現役の役員だから、自社の不利になる事を主張することは出来ない。従って、主張するのは、自社が有利になる事か、最低限影響が中立的な事だけだ。しかし、いくら自社に有利になるといっても、理屈に合わない事や、ユーザーの為にならない事を主張してみても、受け入れられる訳はないから時間の無駄だし、そもそもそんな主張をする事自体が恥ずかしいから、このような場でそんな事をする積りはない。

尤も、「ローミング」や「設備共用」については、「ユーザーにとってはメリットが大きく、デメリットはない」「国民レベルでの経済効率やエネルギー消費の節約の観点からもメリットがある」という事が堂々と言えるので、常に同じ主張を繰り返している。そもそも、トラフィックが常に過飽和状態にある大都市の中心部ならともかく、さしてトラフィックのない過疎地域に多くの事業者が競い合って鉄塔を何本も建てる事は全く意味がない。費用を出し合って一本の鉄塔を共同で建てるとか、チャンピオンを決めてお互いに相乗りすれば、全体のコストが下がってその分をユーザーに還元できるし、節電にもなる。

しかしながら、もし私が、先行者メリットと規模のメリットを併せ持つドコモの役員だったら、簡単にそういう話には乗れない。むしろ、「設備の共用」や「相互ローミング」が義務付けられることがない様に、必死で理論武装するだろう。「顧客ベースの小さい他社なら割に合わないが、自社ならぎりぎり割に合う」という設備投資分野(地域)はかなりあるから、「ここで競合する他社に差をつけない手はない」と思うからだ。ローミングについて言うなら、ユーザーには勿論喜ばれるし、ローミング料が稼げるので投資回収も早くなるが、「他社と差をつける」というメリットは簡単には捨てたくない。

要するに、この種の問題は、事業者同士が口角泡を飛ばして議論してみてもどうにもならない。本来、ユーザーである国民と、ユーザーの立場や国としてのメリットを考えるべき立場にある総務省が、よく考えて決め、事業者に要請すべき事だ。ローミングについて言うなら、勿論「ただ乗り」はあってよい筈はないが、レセ・フェールでは事業者同士で話し合いがまとまる筈もないから、どんな料金がフェアかを総務省自身がよく考え、裁定に乗り出すべきだ。

第三の問題:

「それでは、今回のことを教訓に、将来の為に何をすればよいか」という肝腎の事については、この記事の筆者は結局何の具体的な提言もしていないが、それでは何の貢献にもならず、そもそもこんな記事を書く意味すらがない。

私なら、前述の「ネットワークの全IP化の促進」と並んで、下記を提言する。

1)総務省が呼びかけて各事業者の担当者レベルのタスクフォースを構成させ、「災害に強いネットワークのあり方」と「災害時の相互協力のあり方」について早急に協議の上、提案書を作らせる。

2)日本の業界が国際社会に呼びかけ、例えば世界の携帯キャリアの連合体であるGSMAが「被災地向け応急措置パック」(「衛星回線の優先利用権」と「衛星送受信機付簡易車載基地局」の組み合わせ)の在庫をもち、どの国のどの地方で災害による障害が生じても、これを貸し出す事によってすぐに対応出来る体制を整備する。

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