本邦初の小児脳死ドナー臓器移植に投げかけられた疑問 ‐ 大塚 俊哉

2011年04月23日 08:32

今月12日に本邦初の15歳未満の脳死ドナーからの各種臓器移植が行われたが、「週刊文春」が4月28日号でドナーの“死因”を取り上げその問題点を追求しようとしている。「週刊文春」によれば問題点は次の3つ。

1. ドナーの死因は投身自殺である疑いが強い。
2. 死因に関して警察の十分な調査が行われていない。
3. 日本臓器移植ネットワークは死因に関してノーコメントである。

週間文春は取材を通して、臓器移植法改正後もなかなか現れない小児脳死ドナー第1号の確保に焦り、日本臓器移植ネットワークが“ドナーの死因”という倫理的ファクターをないがしろにしたのではないかという疑念を提示している。

あくまで取材の内容が正しければ―だが、死因が自殺であった可能性があることと、日本臓器移植ネットワークがその点について明白に述べないのは重大な問題である。


子供の死因に自殺の可能性がある場合、警察などの関係諸機関はその動機を含め精査を行う。背後に虐待やいじめが隠されている可能性もあるからだ。なかなかいじめを認めなかった学校が後になってしぶしぶいじめを認めたケースも数多い。虐待やいじめの匂いがする場合には脳死判定は禁止される。中には自殺の動機が加害者による虐待やいじめではないことが明確に判明する事例もあるだろう。しかしその死は結局“家庭や社会が救えなかった無念の死”である。その犠牲者の五体を「命のリレー」などの美辞麗句で臓器移植に再利用することに対して抵抗感を持つ人も多いはずだ。仮に12歳の少年が「中学受験に失敗したので死にます。私の臓器は誰かのために使ってください。」という遺書を残して自殺を図り脳死に至ったとしても、はたして「じゃーいただきます。」と言って臓器を摘出してよいのだろうか?結局、Forensicな問題のみならず、重大なEthicalな問題が残る。だから、自殺の可能性が微塵もないことを二重三重に確認することが必要だ。

日本臓器移植ネットワークは、週刊文春によれば、「(脳死ドナー)対応マニュアルは提供病院にあるので判断手続きは病院がやること」というスタンスをとる。言い換えれば、「自殺かどうかの判断は病院がやることで日本臓器移植ネットワークは関知しない。一旦コーディネーターが呼ばれたら、諸問題はクリアされている前提で事を進める。」ということだろう。確かに一理はある。脳死臓器移植はスピードが重要だ。いじめや虐待の問題まで独自に再チェックしていたらその間にドナー候補の心臓は止まってしまうだろう。だが、今回の事案で日本臓器移植ネットワークと提供病院との間でドナーの死因に関する情報が正確かつ適切に共有されていたのだろうか?自殺の可能性を疑った警察はなぜもっと積極的に介入しなかったのだろう?何も語られない限り大きな疑問が残る。

いまや臓器移植はMedicalな問題というよりも社会的・倫理的問題として捉えられる機会が多い。国民の納得と理解が必要不可欠だ。もちろんドナーや家族の個人情報は堅固に守られるべきである。しかし、自殺か否かなどのベーシックな倫理的要素についてまで「ノーコメント」を貫き通すほどドナー選択のプロセスをブラックボックス化してはいけない。マスコミや国民の疑念を招き、第2例目までまた遠い道のりになってしまう。

一心臓外科医として日本臓器移植ネットワークのこれまでの歴史や移植医療への貢献については十分に評価したいと思う。しかし小児脳死ドナーによる臓器移植はきわめてデリケートな問題だ。日本臓器移植ネットワークには、痛くない腹を探られたくないのであれば、今回提示された“ドナーの死因とその対応”についての疑念を完全に払拭する姿勢を見せてもらいたい。

(大塚俊哉 都立多摩総合医療センター心臓血管外科 部長) 

アゴラの最新ニュース情報を、いいねしてチェックしよう!

アクセスランキング

  • 24時間
  • 週間
  • 月間

過去の記事

ページの先頭に戻る↑