大震災がもたらした「ネットとテレビの融合」

2011年05月23日 10:00

「ネットとテレビの融合」は多くの人の望むところだが、現実には遅々として進んでいない。「複雑な著作権処理の問題」や、「ネットの侵食に怯えるテレビ局側の警戒心」など、理由は色々あろうが、とにかく動きは極端に鈍いのだ。ところが、今回の東日本大震災がこの状況に大きな転機をもたらした。

事の発端は、3月11日の震災発生から約17分後に、一人の中学生が動画配信サイト「ユーストリーム」にNHKの臨時ニュースを無断配信したことに始まる。運営会社「ユーストリーム・アジア」のマネージャーの一人がすぐにこの動画を発見、著作権者であるNHKの許諾を得ていない違法動画であることが明らかだったので、通信回線をすぐに遮断しようとしたが、その時点で視聴者は既に2万人を超えていた。


そこで彼は考え直した。「まてよ、停電でテレビを見られない人もいるかもしれない。」「職場では、パソコンや携帯電話機は目の前にあっても、テレビはないということも多いだろう。」

臨時ニュースは、津波の高さや予想到達時間など、極めて緊急性の高い重要な情報を流している。杓子定規な考えでこれを遮断してしまってよいとは思えなかった。そこで彼は、とにかくNHKに問い合わせることにした。嬉しいことに、NHKからは、「ライブで流してください。このメールで許諾します」という返事がすぐに返って来た。その時点で、実は、NHKの公式サイトはアクセス集中によるシャットダウン寸前だったらしいので、NHKにとっても「渡りに船」だったのかもしれない。

NHKの広報局は、ツイッターの公式アカウントに、直ちにユーストリームの番組アドレスを書き込んだ。「私の独断ですので、後で責任は取る積りです」と、ツイッターの発信者は書き添えた。「多くの人達の役に立つことが先決だ。規則との整合性は後で考えればよい。」そういった熱い思いがそこに垣間見られる。これによって、このアカウントをフォローしていた10万人以上の人達の間に、瞬く間にこの動画配信の情報が広がった。

これがきっかけとなり、フジテレビ、TBS、テレビ朝日の民放3社も、NHKに続いて次々とニュース映像のネット配信を決めた。「ユーストリーム」「ヤフージャパン」「ニコニコ動画」の三つのサイトがこれに呼応した。先陣を切ったユーストリームでは、11-12日にかけて、前日の5倍強の133万人が視聴した。25日までに、NHKニュースだけで、三つのサイトでの合計視聴回数は3600万回を超えた。「被災地にいる姉にすぐに伝えられた」「ネット環境しかなかったので本当に助かった」等々、感謝の言葉も多数寄せられた。

震災発生時にたまたま米国に行っていた「ユーストリーム・アジア」の中川社長は、「テレビニュースの動画配信は採算を度外視して全て広告なしで行うべきだ」とその場で決断した。このことが一つの歴史を作ることになるかもしれないという予感を持った彼は、「多くの人命がかかっている。絶対に回線を落とすな」と、海を越えて日本にいる社員に檄を飛ばす一方、日本にネットワークを優先的に振り分けるようユーストリームの米国本社と直接交渉した。

日本側の社員達もこれに応え、CDN(コンテンツ・デリバリー・ネットワーク)と呼ばれる分散配信サーバーをフル稼働させて、アクセス集中時のサイトの停止を防ぐなど、万全の体制を敷いた。こうして、3月15日には、このサイトの同時視聴者数は199,000人というこれまでの最多記録を達成、通常は世界の15%程度にとどまっているユーストリームの日本の通信量は、瞬間風速で50%近くまで跳ね上がった。

確かに、今回の大震災のような非常事態下では、多くの人達が立場の相違を越えて同一目的の為に協力し合う雰囲気が生まれる。そして、これが目に見える形で大きな結果を生み出すと、多くの人達の目から鱗が落ちるという効果も生まれる。今回の取り組みついては、NHKの松本会長も、「ネットが緊急時のツールとして機能することが分かった」と好意的に評価した。

今回のニュース配信については、著作権の問題は絡まなかったし、広告の問題もなかった。だからこそ、これまでには考えられなかった様なことが一気に実現できたのであり、今回のことが「ネットとテレビの融合」に今後どのような進展をもたらせるかは、安易には予測は出来ない。しかし、少なくとも両者間の心理的な壁に風穴を開けたのは確かだったと思う。これは大きい。

さて、ここまでは良い話ばかりで、日頃から「ネットとテレビの融合」の遅々たる歩みにフラストレーションを感じてきていた私も、ついつい手放しの礼賛の筆致になってしまったが、後日談としては、残念ながら画竜点睛を欠く話も洩れ聞こえてきた。その一つは、今回のことに関連してNHKと日経との間に生まれた確執のことである。

この話の発端は、日経の電子版がNHKの放送映像を配信出来るように要請したのに対し、NHK側が「報道機関は自分で取材せよ」とにべもなく断ったことに始まる。これに怒った日経は、3月12日未明に「NHK、ネット通じた地震映像の配信認めず」と題した「報復記事」とも読み取れる記事を配信、これに関連しては、NHKに対して批判的なコメントが相当数寄せられた。

私自身も、「電子版でNHKの放送映像を配信しようとしたのは、視聴者の立場に立った日経の『英断』と評価すべきで、NHKがそれを断ったのは大人気ない」という考えだったのだが、NHK側はこの日経の記事は相当腹に据えかねたようだ。「動画配信サービス会社が要請してくるのはいいが、取材が『本分』である報道機関が、競合する他社の放送映像を使おうと考えるとは何事か」と突き放している。

その一方では、NHKに続いてネット配信に踏み切った民放三社も、複雑な表情を隠せないでいるようだ。「震災報道」と同じ括りの中で、「視聴者の信頼度」とも読み取れる「延べ視聴者数」の差が、実数で明らかになってしまったからだ。具体的には、NHK、TBS、フジテレビ、テレビ朝日という順に視聴者数が並んだという事実が、白日の下に曝されてしまった。「各社は情報の配信だけに気を取られ、まさか視聴率が実数で比較されるとは思っていなかったのでは」と、或る業界関係者は同情交じりに語っていた。

「コンテンツ」と「伝送(放送)手段」は「一体不可分」のものと考えられるべきなのかどうか? これは意見の分かれるところだ。視聴者の視点から見れば、「何時でもどこでも自由な組み合わせで視聴出来る」のが望ましいに違いはあるまい。しかし、放送業界は、長い間、「この両者は一体不可分」ということを不文律としてきた。「ネット配信事業者」という新しいプレイヤーが出てきたことで、この不文律も揺らいできたわけだが、「放送事業者自身、或いはこれと深い関係にある新聞社が、自らネット配信事業も併営する」という事態になると、問題はちょっと複雑になる。

しかし、間違いないのは、「時計の針は逆には回せない」ということだ。テレビ局側は、「テレビが見られない環境下にいる視聴者を単純に見捨ててよいのか?」という根源的な問に対する答を迫られている。これからの活発な議論が期待されるところである。

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