大損害を被った東電の株主は金商法により救済される余地があるのではないか? -増田 英次 

2011年06月29日 16:09

1.はじめに
東日本大震災に伴う原発事故の損害賠償について、政府は、今月14日、原発賠償支援法案を閣議決定しました。この法案が閣議決定されるまでの間、新聞報道等においては「株主責任」を問う声が多く、株主が被った損害は回復されるべきという論調は、ほとんど見られませんでした。

東電株は、東日本大震災当日には2121円をつけていたにもかかわらず直近(6月25日)では316円(年初来安値は6月9日の148円)となっており、株主は株価急落によって巨大な(含み)損を抱えるに至っています。

個人、法人株主を問わず、多くの株主は、「冗談じゃない、被った損害をどうしてくれるんだ!」と怒り心頭に達しているはずですが、このような怒りは、本当に法的保護に値しないものなのでしょうか?しかも、株主に対して、株価急落を招く事象が発生するリスクを東電から事前に開示されていたのであれば格別、そうでなかったとすれば、単に「株主責任」の一言で株価急落の結果をすべて株主が甘受しなければならないなどということは、株主の立場からすれば到底容認できないといわねばなりません。むしろこのような結果が許されるのであれば、株式市場に投資することなど恐ろしくて誰も行わないことになってしまいますが、それでは株式市場の存在意義すら失われることになりかねないでしょう。 

そこで、情報の格差をできる限り少なくして、株式市場における取引の透明性や公正性を確保するという観点から、株主に対して現行法上どのような救済措置がありうるかを、金融法務に携わる者として以下に概括し、問題提起を試みてみたいと思います。


2.金融商品取引法の虚偽開示等の有無について
(1)金融商品取引法(金商法)によれば、有価証券届出書や有価証券報告書等いわゆる法定開示書類に重要な事項に虚偽記載等がある場合 (開示すべき重要な事項の不開示、又は誤解を招くような開示がある場合も含む。)には、当該会社や役員に民事・刑事責任(但し、刑事責任は虚偽記載の場合に限る。)が問えることとなっています。

(2)「重要な事項」については、法令等による確立した定義はなく、専ら解釈に委ねられていますが、一般には、「投資家の投資判断に重要な影響を与えるもの」と解されています。また、法定開示書類のうち「事業等のリスク」については、単に一般的抽象的なリスクではなく、個別具体的にそのリスクが開示されていなければいけないとされています。

(3)では、東電の法定開示書類は、そのような要請を満たしていたでしょうか?この点、東電の有価証券報告書の「事業等のリスク」欄には、安全確保等に関して「安全確保、品質管理、環境汚染防止に努めているが、作業ミス、法令や社内ルールの不遵守等により事故や人身災害、大規模な環境汚染が発生した場合、当社グループへの社会的信用が低下し、円滑な事業運営に影響を与える可能性がある。」との記載があります。問題は、この記載を見て、何人の投資家が、現在起きているような事態を想定しえたかということです。
 
上述の記載についてまず指摘しなければならない問題は、「事業等のリスク」欄のうち、「電力の安定供給」に関する箇所については、「自然災害」に伴うリスクが触れられているにも拘わらず、「安全確保」等に関する箇所については、そのような記載がないという点です。

このような記載がなされた真の理由は定かではありませんが、一つには、東電が、自然災害によって原発損傷のリスク及びそれに伴う甚大な損害を十分予想していたにも拘わらず、原発の安全性の問題を避けるために敢えてそれについて触れなかったことが考えられます。しかし、仮にそうだとすれば、このような表示は重要事項の「不開示」か、少なくとも、投資家に対して誤解を招く記載に該当すると考えられますから、このような場合であれば、東電の金商法に基づく責任が問われて然るべきはないでしょうか。

では、東電自身が、少なくとも「東電が想定する」自然災害によって原発損傷は生じず、安全確保に問題は生じないと考えていたとすればどうでしょうか?現に以前の東電のホームページを見る限り、原発には「念には念を入れた安全対策が講じられてい」たそうですし、東電は、事故発生以来、今回の地震や津波は「想定外であった」と何度も繰り返しているところを見ると、「東電自らが想定する」地震や津波からは容易に原発損傷は生じないと「本気」で思っていたのかもしれません。

しかし、このような「想定外」という表現を文字通り受け止められないことは、既に多くのマスメディアが報道しているとおりです。また、百歩譲って、東電自身がそのように思っていたとしても、そもそも「重大性」とは、客観的に決定されるべきことが過去の裁判例でも認められており、開示者の主観によって決定されるわけではありません。そして、実際にも、大地震等の到来によって原発が損傷する危険があることは、過去の国会でも度々追及されるなど、すでに多くの場面で問題視されていました。つまり、自然災害等に伴う原発の損傷は客観的に見ても十分に予想できたわけですから、それが及ぼす結果の甚大性及び株価に与えるインパクトを考えれば、これらは開示すべき「重要な事項」に該当するように思われます。

従って、上記の何れの場合であれ、「安全確保等」の欄に自然災害に伴う原発損傷のリスクの記載がないことは、開示すべき重要な事項の不開示、又は誤解を招くような開示に該当すると評価すべきではないかと考えます。

(4)次に、事故や大規模な環境汚染が起きた場合は、東電の「円滑な事業運営に影響を与える可能性がある」との記載は、極めて抽象的なうえに、影響の度合いが矮小化されているのではないかという問題を指摘することができます。新聞紙上で報道されているような「天文学的数字」の損害賠償(補償)を負う可能性がある東電の現状は、単に「円滑な事業運営に影響がある」という程度の状態を遙かに凌駕していることは明らかでしょう。正確なことはもちろん誰にもわかりませんが、このような事象が生じた場合には、単に円滑な事業運営に影響があるというのではなく、むしろ事業運営そのものに危機的状況が生じることをやはり明記すべきであったと考えます。ちなみに、米国では、原発事故から発生する電力会社の責任は、付保している保険の額を凌駕し、会社の事業運営や財政状況に重大な悪影響を及ぼすことが記載されている場合が少なくありませんが、最低でもこの程度の記載は必要であるはずです。

(5)上記の「事業等のリスク」欄以外にも「福島第一及び第二原子力発電所においても、柏崎刈羽原子力発電所で得た知見を反映した耐震強化工事などの対策を着実に実施し、グループの総力を挙げて災害に強い原子力発電所を構築していく。」、「情報公開をより徹底」する等の記載が見受けられますが、事故後次々と判明する福島第一原発の耐震性の問題や東電の情報開示のあり方に鑑みれば、これらの記載の虚偽性の有無等についても検討の余地があるといわねばなりません。

3.おわりに

以上については、株主の立場のみに立った一方的な見方に過ぎないという考えもあるかもしれません。また、現行の法案の枠組みは、株主責任を不問とするものであり、政策的にも法の建前からも問題があるのは事実です。しかし、だからといって、開示の問題がなおざりになっても良いというわけではありません。正しい情報開示が発行体からなされてはじめて、投資家は、投資の結果について自己責任を負うわけです。

以上のように東電の情報開示の状況はこの前提が崩れている可能性があります。開示の充実が叫ばれ、発行市場及び流通市場のより健全な発展が喫緊の課題となっている今日、東電の開示方法が何ら問題とされることもなく、忘れ去られてしまっても良いとは思えません。金商法等による東電の責任追及の可否や開示の在り方については、すでに、いくつかのブログ等でコメントがなされておりますが、これから精緻な議論が更に沸き起こっていくことを期待すると共に、本文がそのきっかけや一助となれば幸甚です。

(増田 英次 弁護士・NY州弁護士)

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