インフレが逆進性をもつ真の理由

小幡 績

小黒氏とは、かなり昔、職場を共有していたが、先日の インフレは「逆進性のある税」 という記事は、ミスリーディングだと思う。

彼はインフレを金融的現象として捉えているが、そして私以外の経済学者はみなそう捉えているが、その認識が誤りだ。

ケインズと私だけがその真の理由を知っている。


インフレは貨幣的現象かどうか、という議論は別の機会に譲りたい。というより、池尾和人氏をはじめ、何人かの論客がすでに説得的な議論をアゴラでも展開しているから、私が二番煎じをする必要はない。

ここではインフレの真の問題点を議論したい。

インフレは、富裕層よりも貧困層に打撃となるのはなぜか。

それは、インフレを金融的、あるいは貨幣的現象として捉えているうちは見えてこない。資産運用手段の多様性という問題点であれば、少なくとも富裕層よりもミドルクラスの家計の資産の方がもともとインフレヘッジをする必要がない。なぜなら、日本のミドルクラスの多くの資産は住宅(自宅)であり、同時に住宅ローンを抱えていることが多いから、実はインフレ歓迎なのだ。変動金利で借りている人々が多いという問題は、単なる状況変化への対応をスムースにアドバイスすればすむので、固定金利に切り替えればよいだけのことだ。日本の住宅ローンはサブプライムと異なり、借り換えによるロスは多くはないし、詐欺的なローンはほとんど存在しない。

ミドルではなく貧困層はどうなんだ、というのは、この観点では議論にならない。彼らは金融的な資産をほとんど保有していないから、むしろインフレによる資産ロスのリスクはないのだ。

もちろん、持ち家をもてない人々は賃貸だから、家賃が上がって困るじゃないかという議論になるだろう。もちろん、そこがインフレによって打撃を受ける層である。

彼らにとっては、住宅の賃貸費用は確かに大きい。しかし、インフレに対してこれはフローであるから、資産価格ほど急騰するわけではない。嗜好品よりは値上がりが大きいだろうが、食料品などの必需品と比べて、極端に価格が急騰するわけではない。

実はインフレの問題はここにある。インフレにおいては、資産を持たずに、収支がともにフローから成り立っている人々にとって、もっともきついのだ。

彼らの支出は家賃、食料、光熱費などの必需品であり、日本においては、家賃以外は輸入品がほとんどだから、原発事故や資源高騰、食料高騰の打撃を最も受ける(その意味で、金融的投機によるこれらの価格高騰はきわめて罪深い)。インフレは必需品を直撃し、世界的なインフレはすでに彼らにじわじわと影響をしているのだ。(円高に救われているが)

彼らを救う方法はひとつ。支出の増加に見合う収入の増加があるかどうかだ。資産によるクッションが効かないから、毎週のあるいは毎月の給料がすべてだ。つまり、賃金が必需品のインフレに見合って上昇するかどうかなのだ。

実際、欧州の賃金交渉は、イタリアではパスタの価格高騰が一番の理由だったし、北側ではエネルギー価格高騰による暖房費用の上昇だった(だからオイルショックの影響が日本に比べて大きかったのだ)。

しかし、わが国では、オイルショックをうまく乗り切ったことで知られるように、必需品の高騰では賃金は上がらない。雇用を守ることが優先される。

しかも、潜在的な失業率は高い。仕事がほしい人は多くいる。となると賃金は上がらない。

したがって、支出増加を余儀なくされる、ぜいたく品消費のほとんどない必需品消費者は、収入が増えないから、インフレによりもっとも打撃を受けるのである。

インフレの問題は、それに伴って、雇用が増え、給料が上がるか(それも低所得者の)、という問題なのだ。

ところが、インフレは日本の競争力を弱める。輸出するにはインフレということはコスト高だからだ。電力価格高騰で競争力が失われるのと同じだ。したがって、給料まで上げてしまっては、競争力が失われ、肝心の雇用がなくなる。だから、給料は上がらない。

つまり、雇用と賃金の問題がインフレの真の問題なのだ。

だから、金融市場にしか関心のなかったケインズは、1920年代のバブル崩壊からの大不況において、真の問題である金融市場だけでなく、雇用を含めた一般理論を構築しようとし、同時に、デフレは問題だが、それをインフレ政策により解決しようとしたのではなく、有効需要による雇用の創出を提唱したのである。