機械との競争

2011年11月16日 17:07

cover-201x300マンキューのブログで紹介されていたので、Erik Brynjolfsson and Andrew McAfee, Race Against The Machine(『機械との競争』)を読んでみた。キンドル版で5ドル99セントしかしない本(というには分量の少ない、パンプレットのような著作)である。タイトルは、ジョン・コナーに率いられた人類が機械(ターミネータ)と戦うといったイメージを想起させるが、デジタル技術革新の加速化が経済と雇用に及ぼすインパクトを考察した経済書である。

★★★★☆


正直に言って、少なくとも私にとって書かれている内容自体は何ら目新しいものではなかった。たぶんこれは、わが国には池田信夫氏というITと経済学を専門とする希有な書き手がいて、既に『過剰と破壊の経済学- 「ムーアの法則」で何が変わるのか? 』などの著作を目にしてきているからだろう。しかし、いまの時点で改めて理解を確かなものにするのには、『機械との競争』は結構有益な著作だった。

「半導体の集積度が18ヶ月で2倍になる」というムーアの法則の破壊力をイメージするための例として、同書の中では、次のような昔話(もちろん作り話)が紹介されている。

チェスを発明した男がいた。それを見せられた王様は、そのゲームを大いに気に入り、それを発明した男に、望むだけの褒美を与えようと言った。すると、男は次のような褒美を求めた。チェス盤上の最初のマス目に1粒の米を置き、次のマス目には2粒、その次にはその倍の4粒、・・・という調子で倍ずつの米粒を最後のマス目まで置いた総量の米をもらいたい。王様は、そのくらいでいいのかと思い、その願いを聞き入れることにした。

さて、チェス盤のマス目の数は64である。前半の32番目のマス目のところで米粒の数は、2の31乗になる。これをexcelで計算すると、21億4783万3648になる。すでにきわめて大きな数である(累計は、2の32乗マイナス1になる)。そして、後半の最後64番目のところでは、2の63乗=9.22337E+18。ゼロが4個で万、8個で億、12個で兆だから、16個では京(ケイ)となる。したがって、これは922京以上ということである(累計はその2倍から1を引いたもの)。積み上げると、エベレスト山くらいの量になる。

同書は、現在をチェス盤の前半を終わって後半に入ったところだと考えている。すなわち、既にかなりの影響が生じているが、今後さらに影響が加速度的に高まっていくということである。こうしたイノベーションの進展は、究極的には社会をより豊かなものにするものだと期待される。しかし、社会の構成員のすべてが等しくその便益を被るわけではない。とくに社会が大きなイノベーションに適応する過程では、適応に遅れてかえって不利益を被る者も出てくる。

いままで人間にしかできないと思われてきたことが、どんどんと機械にもできるようになってきており、機械によって人間の仕事が奪われてきている。こうした技術的失業の問題がますます重要なものとなってきており、いち早く適応した者と適応できないでいる者との間の格差が決定的に拡大している。(企業のレベルでも、社会のレベルでも)組織革新を進め、人的資本への(教育)投資を強化して、社会全体の適応を促進しなければならない。

現在の米国の低迷した経済状況は、一般にGreat Recession(大不況)と呼ばれている。こうした呼び方自体、低迷が(規模は大きいとしても)景気循環的な現象だという理解を暗示している。他方、そうではなく、イノベーションの枯渇という構造的な問題に起因するGreat Stagnation(大停滞)だという(コーエンに代表される)説もある。しかし、イノベーションは枯渇しているどころか、既述のように加速しているのであって、それへの社会的適応が遅れていることこそが問題である。その意味で、現状はGreat Restructuring(大再構築)の産みの苦しみの中にいると理解されるべきだというのが、『機械との競争』の主張である。

いまさらながらだが、日本と世界の経済を考える際にも、技術的要因変化の影響を無視してはならない。その意味でも、われわれはチェス盤の後半(The Second Half of Chessboard)の世界に生きているんだという自覚をいっそう確かにする必要がある。

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池尾 和人@kazikeo

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