どう思う「子供の義賊」― 震災現場で何が起こったか?

2012年01月19日 08:00

東日本大震災は「聞くと見るでは大違い」だと言う手紙を沢山貰った。報道が全てをカバーできない事は当然だが、聞いた話の中から、考えさせられた幾つかのエピソードを紹介してみたい。

深夜バスで被災地に駆けつけた私の友人が、食料確保のため宮城県のサービスエリアに寄ると、そこには明け方の5時なのにボランティアの若者で溢れかえっていたそうだ。政治の批判ばかりして行動を起さない大人に比べ、先ず行動する日本の若者も捨てたものではない。

然し、何と言っても衝撃的だったのは「子供義賊」の話だ


それによると、避難所の子供数人が無人の気仙沼信用金庫に行き、現金数千万円を持ち出し、そのお金を全て避難所にいる老人に配ったと言うのだ。これには、警察もどうしてよいか、ただオロオロするばかり。子供いわく「義援金が集まっても現地には1円もこない。悪い事とは判っていたが、こうするしかなかった。お爺さんお婆さんは涙を流し喜んでくれた」と。

それに比べると、大金の為に命を失った老婆の話は身につまされた。着の身着のままで一度避難した老婆が、周りの人の制止を振り切り、忘れ物を取りに家に引き返した為に津波にのまれ、三日後に背中に背負ったリュックに現金3000万円が詰め込まれた姿で、遺体として発見されたと言う。

大金を取りに帰る気持ちも判らなくは無いが、咄嗟の判断が運命を決めると思うと、人間の「性」の空しさを感ずる。それにしても3000万円と言う大金を箪笥預金にしなければならないほど、日本では国や銀行に対する信頼が落ちたのだろうか? 国の指導者である小沢氏まで、4億円もの大金を箪笥預金している位だから、やむを得ないのかもしれないが、後ろめたいお金なら兎も角、先進国では考えられない話である。

このエピソードに表れた日本の世相は、日本は何か大切な物を忘れているのでは? と思えてならない。

今回の大震災は「災難の被害を最少にするためには、薄っぺらな教科書的知識ではなく、世界でも特別に厳しい自然環境で生きて来た日本人が大切に保存し蓄積してきた智恵に学ぶべきである。」と書いた寺田寅彦の教訓を思い起こして呉れた。寅彦は続けて「処が、人間の智恵ほど万人がきれいに忘れがちな事もまれで、少なくとも国の為政者はこの健忘症に対する診療を常々怠らないようにしてもらいたい」と言う指導者への警告も忘れなかった。

その智恵の一つに「津波てんでんこ」がある。

お恥ずかしながら、私が初めてこの智恵の存在を知ったのは、中東のTV局、アルジェジラ(英語版)の番組であった。このドキュメンタリーは、津波に呑まれて思わず握っていた手を離したために、祖父が行方不明になったと嘆き悲しんでいた孫娘が、2日後に祖父との感動の再会をした実話を描いたものであった。

「自分の事は自分で守れ」と独立自尊の精神を教えた「津波てんでんこ」は、「津波が来たら、肉親にも構わずに、各自てんでんばらばらに一人で高台へと逃げろ」と言う現代のマニュアルに反する教えで、「冷たい人間」とか「指導者の指示に従わない」と言う批判が気になり、咄嗟に従うのは難しい。

今度の震災でも「津波てんでんこ」の教えを守って、校長の指示も待たずに各自が高台へ避難した学校で、登校者全員の無事が確認された実例も多いと言う。その一方、文科省のルールに従い、担当の指示を待っていたために津波に巻き込まれて犠牲になったケースも多かったと言う。

「子供義賊」「大金か命か」「マニュアルか、人間の智恵か」。今回の震災ほど、人間にとって何が大切かを考えさせられたことはない。

私には「これが欠けている」と特定は出来ないが、日本の教育は軽薄な知識の詰め込みに忙しく、何か肝心なものが抜けている気がしてならない。この際、日本の教育に欠けている大切な物は何かを良く考え、東北大震災の復興計画の中に日本の教育の復興も入れて欲しいものである。

北村 隆司

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