日本の空よ、LCCの受け入れ準備はできているか --- 三好 千景

アゴラ編集部

2012年は、日本ではローコストキャリア(LCC)元年といわれているらしい。では、スカイマークやエアドゥは、何だったという疑問も残るが、毎日のように、日系のLCCの話題がメディアに取り上げられ、サービス簡素化およびコスト削減による運賃廉価のメリットが取り上げられている。また、それは、停滞した日本の経済の起爆剤のようにも取り扱われている。


もちろん、安全でかつ安価に航空輸送機関によって、日本国内だけでなく、アジア各国と結ばれることは、人や物の行き来が増え、喜ばしい限りである。人と人の時間距離が縮まることは、航空輸送の利点であり、メディアや学術者によってそのメリットが論じられることには、全く意義はない。

しかしながら、それ以外の問題も起こりうる可能性があり、それに対する体制がとられているか、また、それについて十分に議論されまた準備されているか、疑問に思う。そこで、LCCの予想される効果について、少し違った視点で見てみたい。

ローコストキャリア市場も収束してきたともいわれるEUでは、その活動は、1995年からイージージェット(英国)、ライアンエアー(アイルランド)のネットワーク拡大により始まった。この2社は、市場へのファーストエントリー(一番手)とネットワーク拡大のスピードを武器に生き残り、強大な勢力を今も維持している。一方、様々なLCCは、ネットワークキャリアといわれる元フラッグキャリアの子会社LCC(ゴー、バズ)も含め乱立され、そして、自然淘汰していった。ネットワークキャリアも、アリタリア、イベリア、マレブ航空と、競争力に劣る企業は、破綻あるいは合併されている。EUの地域拡大とともにLCCは発展していき、そして、似たような現象が今、アジアで起こりつつある。

アジア、オセアニアは、中東の航空市場拡大の後、次の最大の成長市場である。そして、EU以上に、言語、文化、経済格差など、市場によってばらつきが大きい。その中でも、エアアジアは、まさしく、ファーストエントリーであり、マレーシアという背景を基に、言語(マレー語、中国語、印語、英語等)、文化においても多様性に富み、パンアジアエアラインといえる。各国にパートナーと共に、エアアジアを設立し、着々と拠点を増やしている。そして、世界で最強の低コストエアラインである。その低コスト性(3.67USセント/座席距離キロ=ASK)は、ライアンエア(4.08USセント/ASK)、イージージェット(7.32USセント/ASK)でさえも足元にも及ばない。

対して、日本の国内航空運賃は高く、座席距離キロあたりのコスト(約8~13USセント)もイールド(約12~17USセント)も世界で最も高い。低コストの海外航空会社にしては、これまで、日本の規制というカーテンに守られてきた「おいしい市場」なのである。高コストの日系航空会社は、低イールドの国際線(約10USセント/ASK)での競争を高イールドの国内線でまかなってきたのである。

経済成長時代に計画及び建設された日本の高コストの空港、および空港使用料、その空港を建設し、支えてきている主な財源は、国民の税金、年金や郵便貯金であり、世界一高い燃油税であることも忘れてはいけない。このシステムが、根本的に変わらず、各国のLCCが乗り入れをし、低需要に苦しむ地方空港が、外資のLCCを誘致するために廉価な空港使用料をLCCに提供し、その負担は、誰が、どのように支払うのであろうか。

また、ローコストターミナルというのも、もともとは、空港ターミナルがなかったルートン空港で、空港使用料を下げるために低コストで作られたものが始まりであり、ハブ空港のアムステルダム空港においても、ターミナルの容量が一杯になったため、イージージェットの意向に合わせて建設されたものである。容量がありあまっている日本の地方空港には、わざわざ改めて建設するものでもない。今ある施設を有効に活用すべきである。

LCC元年といわれるには、厳しい競争が待っている。2004年から続く増加する燃油コスト、低下するイールド。航空業界は、決して甘いビジネスではない。LCCは、空港使用料をできる限り低く抑えるよう空港と交渉する。安い施設使用料を提示されば、簡単に空港を変える。そして運賃をさげ、囲い込んだ顧客から、荷物の預け入れ、機内食、座席指定、優先搭乗などのアンシラリーレヴェニュー(付帯収入)によって利益を上げる仕組みである。例えば、比較的高コストといわれるイージージェットの場合(2010年)でも、一席あたり51.3ポンドのコストがかかり、55.27ポンドのレヴェニューを得て、4ポンド弱の利益をあげる。55.27ポンドのうち、11.52ポンドはアンシラリーレベニューである。しかも、年間6250万の提供座席の営業規模である。

日系LCCは、座席キロあたりのユニットコスト7セントあるいはそれ以下を目指しているかも知れない。しかしながら、日本の航空会社の中には、LCCを含め破綻するものもあるだろう。競争環境の過程で、M&Aも起こるだろう。日本の空港も、外資により買収され運営される可能性も十分ある。人と物の流れが活発になれば、犯罪などのネガティブな面の流れも無論活発になる。地方空港の入国管理やセキュリティも重要だ。

世界で最も定時制の高い日本の航空会社に慣れた日本の利用者は、どのようにLCCに「教育」されていくのであろう。また、EUでは、LCCの便の遅延や突然のキャンセルなどへの利用者の保護に関する法律も整えられているが、どのような対応がなされるであろうか。航空の自由化とLCCを語るには、紙面が足りない。

このようにいうと、LCC反論者のように聞こえるかもしれないが、拙子は、LCCのあり方と効用を論じ、研究する者の一人である。マイナスな面もあるとはいえ、少なくともEUでは、ヨーロッパという地域が広がり、そして人々にとっては、移動する時間及び経済的距離は短くなったのである。1980年代には、300独マルクしたパリ~フランクフルト間が、今では、25ユーロで移動出来る。これは、まさしくLCCの効用である。

自由化の寵児といわれるLCCには、そして自由化には、十分な準備とそして安全を守るための規制の整備が必要である。「自由と規律」は、共存されるべきである。

日本の空よ。LCCの真似をする形からはいっていないか? 十分な用意はできているか? そして航空会社と空港の破綻に対する準備はできているか? そうならないような体制はできているか? 戦後つぎ込んだ空港整備を無駄にならないよう活かせるか? チェックリストは、続く。

三好 千景
英国クランフィールド大学大学院 航空経営学科 レクチャラー