日経新聞によれば、政府の知的財産戦略本部は、出版社に著作隣接権を与える方針だという。この記事は「電子書籍で読める作品の数を増やすため」と書いているが、これは嘘である。出版社に隣接権を認めると、一つの本に多くの権利者が拒否権をもつアンチコモンズ状態になって、電子出版は止まってしまうだろう。
今でも、出版社は隣接権を実質的にもっている。紙の本をスキャンして電子化するとき、「版面権」と称するものを主張するのだ。これには法的根拠はないが、実質的に出版社が許諾権をもっているため、電子化の大部分の時間は著作権の交渉に取られる。これを法的に認めたら、独立系の出版社が電子化することは不可能になる。
日本で電子書籍が出てこない最大の原因は、出版社に隣接権がないためではない。アマゾンのKindleやアップルのiBooksを日本の出版社が拒否して、「端末で本を読む」という習慣ができていないためだ。この一つの原因は日本の出版社が著者と電子化契約をしていないことにあるが、隣接権を与えてもこの問題は解決しない。著者の許諾なしで電子化することは不可能なので、手続きが増えるだけだ。
これは映像の電子化で起こっていることだ。総務省は「スマートテレビの国際規格」を日本が提案するとかとぼけたことをいっているが、問題は規格ではなく、コンテンツが出てこないことだ。その最大の原因は、隣接権者が多いため著作権処理に大きなコストがかかることだ。たとえば「NHKオンデマンド」の場合はドキュメンタリーの取材対象にも許諾を得るので、1本の番組の手続きに最大1年近くかかる。
このアンチコモンズ状態を解決するには、逆に著作権を弱めて報酬請求権にしたほうがいい。たとえばアマゾンやアップルがすべての本を勝手に電子化する権利を認め、著者が一定率の印税を請求できる権利を法的に決めるのだ。この料率をどうするか、支払いをしない業者に対するペナルティをどうするか、などの問題は残るが、今のように何も出てこない状況よりましだろう。知財本部も権利強化ばかりしないで、利用を広げることを考えるべきだ。