周波数オークション再考 --- 中村 伊知哉

アゴラ編集部

民主党議員の朝食会で、「周波数オークション=電波競売はぼくは賛成だが実現しないと思う」と発言したら、その後参加者からいくつも質問をいただきました。いつも同じことを申し上げているのですが、改めて発言趣旨を記します。

電波競売を実現する法案の成立見込みが立ちません。民主が押しても野党が同意するインセンティブがないからです。業界も国民も支持しないからです。


電波競売は90年代初頭、通信・放送融合、地デジと並ぶ政策タブーでしたが、後2者は推進に転じました。通信業界、メーカという政策スポンサー=メリットを受ける業界がいたからです。そしてそれがユーザ、国民にメリットがあることをストーリーにできたからです。

競売にはスポンサーが見あたりません。今の「公平に払い下げる」方式を上回るメリットが業界になければ、さらにそのメリットを国民が享受できなければ、実現の構図が描けません。

電波競売の唯一のスポンサーは、財務省。財政寄与への期待です。競売の収益は一般財源とすることが目されているのですが、全部国庫に吸い上げられるなら、総務省が本気の汗と涙を流して成立させるとは思えない。法案を通すには、担当官庁が野党各党をはいずり回って根回し・説得し、国会の場でも大臣らが答弁を続けなければならない。そのインセンティブが見えません。

仮にですよ、財務と総務がウラで握って、一般財源とIT財源に山分け、半分ばかり総務省にくれてやる、フフフ、じゃあやるか、となったとましょう。だとしても、業界や国民がコスト負担をすんなり受ける気がしない。

電波競売のコストを通信業界がケータイ利用者に転化する「可能性」があるとすると、それは消費税のようなもの。2兆円が転化されたら消費税1%値上げと同じ負担、という議論が国民にまだ共有されていない。その説明責任も総務省が負うことになる。どうも命張って進めるようには見えないんです。

電波競売のコストは競争状況下では料金上昇を招かないとの経済論議も聞きます。でも現実は、コスト増を数年で回収すべく株主・債権者から圧力がかかるわけで、本来もっと下がっていい料金が4社の寡占業界で高止まりするということにならないでしょうか。通信会社の話を聞けば聞くほど、その可能性が強いことを感じます。

電波競売の一般財源化は、成長分野であるITから資金を吸い上げて、福祉など低成長分野へ再分配する施策。民主党的ではあります。大きな政府という意味でも、財務省主導という面でも。しかし、「成長戦略」からは外れるものです。

電波競売を国民に納得させるには、目に見えるメリットを提示したいところです。ポルトガルが収益をデジタル教科書の配布に回したように。あるいは、これをやるから消費税上げを抑える、という具合に。

あるいは、こじ開けるなら、電波参入を目論む外資によるガイアツでしょう。それはアリかもしれません。日本は電波の外資規制を(放送局を除き)撤廃しました。アメリカや中国のカネ持ち企業が参入するために求めるのであれば、とてもわかりやすい。

でもそれだともめますよね。通信・放送分野でもめたら、昔は金丸さん小渕さん野中さんらに頼んで裁定してもらったものです。勢いのあったモトローラが移動体通信で日本市場を強引にこじ開けようとした時には、小沢一郎さんが特使として交渉に当たりました。が、今それを持ちかける大物政治家もいないし……。

つまり電波競売は、アカデミックな視点では推奨されるものであっても、与野党、霞ヶ関内、産業界、ユーザの支持というリアリティーが見えず、このまますんなり進みそうにはないという趣旨でした。


編集部より:このブログは「中村伊知哉氏のブログ」2012年6月14日の記事を転載させていただきました。
オリジナル原稿を読みたい方はIchiya Nakamuraをご覧ください。