国際決済銀行(BIS)の2011-12年版の年次報告書が去る6月24日に公表されている。国際決済銀行は、今般の金融危機に先立って2003-05年頃に、その年次報告書で金融的不均衡の累積が生じている旨の警告を発していたという(敬意を払うべき)実績を持っている。それゆえ、「その年次報告書は常に読むに値する」とジョン・テイラーはそのブログ記事の中で述べている。しかも、「そのことは今回の年次報告書についてとりわけ当てはまる」とも言っている。というのは、「金融政策の限界(The limits of monetary policy)」と題した一章をもうけて、現下のきわめて緩和的な金融政策のもたらしかねない弊害について考察しているからである。
報告書によれば、「金融緩和政策は、それ自体では、根本にある健全性の問題やより基礎的な構造的諸問題を解決できるものではない。それは、時間を買うことはできる。しかし実際には、その時間を浪費してしまうことをより容易にしかねないものである」(これは、私が普段よく言っていることと同じですが、この文章は、私が言っているのではなく、報告書に書いてあるものです)。言い換えると、長期にわたる異例の金融緩和の考えられる弊害の第1は、真の問題を覆い隠してしまい、本当の問題解決のための努力を鈍らせることである。したがって、現状の金融緩和策の下では、自律的な景気回復への復帰がかえって遅れてしまうという懸念がある。
考えられる弊害の第2は、長引く金融緩和は銀行業の収益基盤を徐々に掘り崩しかねないことである。利回り曲線が平坦化すると、銀行は満期変換の活動等から利益を上げられなくなる。その裏側で収益を求めて(search for yield)、新たな過度のリスクテイキングのリスクを生み出しかねないというのが、長短ともの金利低下がもたらしかねない弊害の第3である。そして、果敢で長期にわたる金融緩和は金融市場の働きを歪めてしまいかねないという弊害が第4に考えられる。長期金利やリスクプレミアムを押しつぶすような資産買い取りの増額は、金融市場の価格形成を歪めるものとなり、通時的に効率的な資源配分を行うという金融市場の働きを損ねるものとなりかねない。さらに、先進国における大規模な金融緩和の国際的な波及効果(新興国経済や資源価格に与える影響)についても留意しなければならない。
こうした弊害を等閑視することは、中央銀行の信認を失わせるというリスクにつながる。この点に関連して、報告書は次のように述べている。
In the core advanced economies, if the economy remains weak and underlying solvency and structural problems remain unresolved, central banks may come under growing pressure to do more. A vicious circle can develop, with a widening gap between what central banks are expected to deliver and what they can actually deliver. This would make the eventual exit from monetary accommodation harder and may ultimately threaten central banks’ credibility.
主要な先進経済において、もし経済が弱いままで、根本にある健全性と構造的な諸問題が解決されないままだと、中央銀行は、「もっとやれ」という高まりつづける圧力の下に置かれることになろう。中央銀行が達成すべきだと期待されることと中央銀行が実際に達成できることの間のギャップがますます広がるという、悪循環に陥りかねない。このことは、金融緩和からの最終的な脱却をより困難なものとし、究極的には中央銀行の信認を脅かすものとなり得る。
この記述は、まさにわが国の現状を述べているとしか思えないが、米国や欧州においても、こうした懸念が現実性を強めてきているとみられる。加えて、非伝統的な金融政策というのは、中央銀行のバランスシート自体を活用する「バランスシート政策」である(この拙記事を参照されたい)。そのために、
Central banks’ balance sheet policies have blurred the line between monetary and fiscal policy. Their effects can be properly assessed only as part of the consolidated public sector balance sheet.
中央銀行のバランスシート政策は、金融政策と財政政策の境界線を曖昧にしてきた。その効果は、統合した公共部門のバランスシートの一部としてのみ適切に評価できるものである。
要するに、例えば中央銀行が国債を買い上げたとしても、それが財政ファイナンスになっているか否かは、中央銀行のバランスシートをみているだけは分からない.統合政府のバランスシートがどうなっているかをみる必要がある(この点に関しては、この拙記事を参照されたい)。こうした事情は、中央銀行の操作上の(目的ではなく、operationalな)独立性を脅かすものとなっている。
金融政策の限界を冷徹に認識することが必要であり、そうした認識がないままだとさらに不幸な事態に至りかねないというのが、国際決済銀行の今回の年次報告書の基本メッセージである。
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池尾 和人@kazikeo