劣化著しい厚生労働白書 --- 鈴木 亘

2012年09月01日 11:13

今年度の厚生労働白書(平成24年版厚生労働白書 ─社会保障を考える─)が、8月28日にリリースされました。

近年、厚生労働省からの頭脳流出は著しく、白書の劣化も年を追うごとに酷くなるばかりですが、今年は特に読むに堪えない記述が多くみられます。とりわけ、年金に関しての記述は、史上最悪のレベルと言っても良いでしょう。


例えば、本文56ページには、「国民年金の未納が増えると年金制度が破たんする?」と題したコラムが記載されています。(56ページ

これは、2011年度末現在、未納率が41.4%にも達している国民年金制度に対して、厚生年金や共済年金が財政援助をして、未納分の保険料収入を肩代わりしていることについて、それを正当化するもので、

曰く、「……未納の分は将来、年金が支給されないため、長期的に見れば年金財政に影響はなく……」等と説明されています。これはかなり大きな問題がある記述です。

このコラムが引用しているカリスマ予備校講師? とやらが、個人の立場でこのような俗説を主張する分には、それは個人の資質と責任の問題ですから、仕方がありません。しかしながら、国民の税金を使った白書で、厚生労働省が公式見解として、このような問題ある説明を公表することは、やはり看過できません。

この主張には2つの大きな問題があります。

一つは、国民年金の未納者が将来、無年金や低年金の状態に陥った際には、生活保護に陥る可能性が非常に高いということです。現在の制度では、結果的に資産や所得の少ない高齢者にとって、生活保護を受給することは極めて容易です。

この場合、将来的に、年金制度が支出する年金給付費は減るかもしれませんが、生活保護は全額が国民の税金で賄われている制度で金額も国民年金より大きいですから、国民の負担はさらに大きくなります。年金未納は、我が国の財政全体にとって大きな問題です。

もう一つは、厚生年金と共済年金の加入者は、やはり肩代わりで、確実に「損」をしているということです。

よく考えてみましょう。例えば、現在、未納率の高い20代の若者たちが、年金受給者になるのは約40年後の将来のことです。

彼らが年金受給者になった時に、国民年金の給付額が少なくなって、厚生年金や共済年金にお金が戻ってくると言っても、それは40年後以降のさらに遠い将来のことです。その間に、現在、国民年金未納者の保険料を肩代わりしている厚生年金、共済年金加入者の多くは、損をしたままお亡くなりになるでしょう。

では、肩代わりした保険料が戻ってくる頃の遠い将来の厚生年金と共済年金加入者は、損をしたまま亡くなった先輩たちの代わりに得をするのでしょうか。そんなことはありません。

このころの厚生年金、共済年金加入者は、さらにその後に発生した国民年金未納者の保険料を新たに肩代わりしています。その分が既に損になっていますので、もしお金が返ってきてもトントンです。もし、未納率がさらに将来にかけて悪化するのであれば、肩代わりする金額の方が戻ってくる金額よりも多くなりますから、将来にわたって厚生年金、共済年金の加入者は損をし続けることになります。

経済学をきちんと勉強した方は、これが「公債の負担」問題と同じ構造であることが分かるでしょう。今でも「経済評論家」に人気のある「内国債は自分達に対する借金だから、将来世代の負担ではない」という1940年代に経済学者のアバ・ラーナーによって唱えられた主張は、現在では完全に間違っていることが知られています。

それは、人間の一生は無限ではなく、借金を返してもらう前に増税だけされて亡くなる世代があるからです。一国のマクロ的レベルで負担にならなくても、「将来世代」の負担にはなるのです(無限期を生きるとするマクロモデルと重複世代モデルの違いでもあります)。

このような一見もっともらしいが実は間違っている厚生労働省の主張を正すために、このたび、非常に分かりやすい年金改革の本を日経新聞出版社から出しました。実は、これは大阪維新の会の「維新八策」の元ネタにもなっています。是非、幅広い国民の目に触れることを祈っています。

鈴木亘「年金問題は解決できる! ─積立方式移行による抜本改革」
日本経済新聞出版社、2012年8月25日
¥1,260
355183

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鈴木 亘(すずき わたる)
学習院大学経済学部経済学科教授
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