JR尼崎脱線事故裁判─あまりにも遠い社長と運転士の危機意識 --- 山口 利昭

2012年09月07日 07:30

JR尼崎脱線事故に関するJR西日本歴代三社長を被告とする業務上過失致死被告事件(強制起訴事件)の証人尋問が始まり、検察側(指定代理人側)と被告人側の双方から申請のあった証人の方(同社元運転士)が、事故当時の現場付近のカーブの危険性について証言されたそうであります(神戸新聞ニュースはこちらです)。


運転士の方が「当時から現場は危険だと感じていた。ATS(自動列車停止装置)を設置すべきであった。」と証言したことに対して、当然のことですが、弁護人は元運転士に対して「じゃあ、なぜそういった重大な問題を上に言わなかったのか。ATSを現場に設置すべきと進言すればよかったではないか?」と質問するわけですが、この質問に対して運転士曰く「現場の意見を取り上げるという雰囲気がなかった。個人の意見を言うと不利益になることがあり得た」とのこと。

弁護人側とすれば、こういった運転士の証言を引き出せば100点満点かと思います。現場が極めて事故が発生しやすく、直ちにATSを設置しなければならない、といった認識を歴代社長が持っていた(持つべきであった)ということが立証されなければ、事後に関する具体的な予見可能性は否定され、過失は認定されないものと思われます。いくら現場の運転士が危険を感じていたとしても、その運転士が口に出して危険性を上司に訴えていなければ、現場統括者(たとえば鉄道本部長)ですら責任を問われないものについて、ましてや巨大な鉄道企業の経営トップが危険を認識しうるはずもなく、過失犯の主観的要件の成立は困難を極めるものかと。現場の運転士の危機意識をもって経営トップの刑事責任を問うには、伝えなければならない危機意識はあまりにも遠いものに感じます。

しかし、果たしてこれで良いのでしょうか。これでは会社の中で、現場の声が経営者に届かないほうが経営者に有利に働くというこうことになります。本当に高い事故リスクの存在は、現場の社員のほうが熟知しているはずです。平時には、そういったリスク情報は、できるだけ上層部にあげるように内部統制システムを構築しているものと思いますが、そのシステムがうまく機能している場合ほど、経営トップの刑事責任が認められやすく、うまく機能していない企業ほど経営トップは刑事責任を免れる、という結果になることは、どうも納得できません。

むしろ、この運転士の方が証言しているように、現場の運転士の危機意識をどこまで経営トップが認識しうるように尽力していたか、という点を問題とすべきではないでしょうか。「現場の意見を言うと不利益になることがありえた」という運転士の方の証言はとても素直なものであり、こういった意識は当然だと思われます。しかし、だからこそ経営者の責任を論じるにあたり、「情報の自由な流通が確保されるような体制を、どのように構築しようとしていたのか」という点を問題とすべきです(そのうえで、なお社員が問題を指摘しづらかった、というのであれば「経営陣としてできる範囲のことはやっていた」ものとして免責もやむをえないものと思います)。何ら構築する努力をしていなかったということであれば、そもそも経営者は重大なリスクに全く関心を抱いていなかったということになります。事故に対する予見可能性や結果回避可能性が認められることが過失犯の実行行為性を論じるにあたっては必要となりますが、経営者自身が自らの責任で「事故を予見できないような体制」を作出していたとするのであれば、これは検察側に有利な事情として斟酌されるべきではないでしょうか。ここに(すでに無罪判決が出されている)元鉄道本部長としての責任を問われた前社長の裁判と、今回の歴代社長の方々の裁判との差が生じるところかと。

多くの悲惨な事故が発生した後の社長さんの安全対策義務違反という不作為が問われたのがパロマ工業の元社長さんの業務上過失致死事件でした。社長さんは悲惨な事故が発生するまでは、事故の刑事責任を問われることはないのでしょうか?一般事業会社のリスク管理において、内部統制云々と言われ出したのが、ここ数年のことなので、情報の自由な伝達が保証される仕組み作りが喫緊の課題であったというのは正直申し上げて後付けの議論かもしれません。しかし、伝統的な過失犯の立証に関する争い方では、お客様の安全のために熱心に内部統制に取り組んでいる企業の経営者のほうが責任が重くなるというジレンマに直面してしまうわけでして、コンプライアンス経営に熱心な企業が報われないものとなってしまうのは、なんとも違和感が残るところであります。


編集部より:この記事は「ビジネス法務の部屋 since 2005」2012年9月7日のブログより転載させていただきました。快く転載を許可してくださった山口利昭氏に感謝いたします。※編集部中:リニエンシーとは処分軽減のこと。
オリジナル原稿を読みたい方はビジネス法務の部屋 since 2005をご覧ください。

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