日本政府は「予防原則」を採用していない

池田 信夫

Togetterにもまとめられているように、上杉隆氏は袋だたきになって、あえなく沈没してしまった。放射能デマの発信源の一つだった彼が消える意味は大きいが、武田邦彦氏などは新手のデマを流し始めている。彼らの最後のよりどころが予防原則だ。これは1992年の国連リオデジャネイロ宣言の第15原則である。

環境を防御するため各国はその能力に応じて予防的取組を広く講じなければならない。重大あるいは取り返しのつかない損害の恐れがあるところでは、十分な科学的確実性がないことを、環境悪化を防ぐ費用対効果の高い対策を引き延ばす理由にしてはならない。

武田氏はこれを根拠にして「法令で定める限度1年1ミリシーベルトを誠実に守ること、加えて『1年1ミリには科学的確実性がない』という理由を適応してはいけないことを示している」というが、これは(いつものように)嘘である。年間1mSvは法令に定める限度ではない。日本政府が予防原則に「参加している」というのも嘘で、環境省の報告書も書いているように政府は予防原則を採用していない。

さすがの武田氏も1mSvに科学的根拠がないことは認めざるをえないので、予防原則を盾にとって「わからないことは大事をとって最大限に規制しろ」というのだが、この原則に従えば、武田氏の好きなタバコは全面禁止だ。ほとんどの化学物質にはリスクがあり、食塩も一挙に300g摂取すると死ぬので、「子供が間違えて300g飲むかもしれないから食塩は禁止」ということになる。

Mullerもいうように、アメリカ政府も予防原則を拒否している。それは予防原則が、環境保護団体によって疑わしきは禁止と解釈されるからだが、実際には上のリオデジャネイロ宣言を読めばわかるように、予防原則も費用対効果を考慮している。

疑わしいものを規制することは、その費用がゼロなら問題ない。放射線の場合、平時の線量基準が1mSvになっているのは、線量を管理するコストが小さいからだ。しかし原発から放射性物質が出てしまってからそれを1mSvに保つ除染には、数兆円のコストがかかる。それによって健康被害を減らす効果はほぼゼロなので、1mSvまで除染する費用/効果の比率は無限大に近い。

むしろ今のように除染するまで帰宅させないという方針を続けると、避難生活のストレスで多くの被害が出る。福島県の災害関連死は他の地域よりはるかに多いので、過剰防護の効果はマイナスである。被災者を殺しているのは放射能ではなく、反原発派のふりまくデマなのだ。