中国を取り巻くアジア情勢に関する今後のシナリオ --- 中谷 孝夫

アゴラ

11月の初旬に開催された「第18回中国共産党大会」で二つの最重要項目が決定された。経済的には、これからの10年間に1人当たりの国民所得を倍増させる」というものと、軍事的には「海洋強国になる」というものだ。

前者は、1960年代に出した「池田内閣の所得倍増計画」を彷彿とさせるものであり、後者は明らかに「尖閣」を意図した政策であろう。「10年所得倍増計画」とは、年7.2%の実質成長率ということであるので、現在の成長のスピードから考えて、あながち誇大目標というわけでもないだろう。


現在、中国の国民所得が、日本を少し上回っている規模だが、人口は日本の13倍ぐらいなので、一人当たりの額は12分の1程度だろう。かりに日本の成長率が、その間ゼロで、中国が予定通りの目標を達成しても、一人当たりの国民所得は日本の6分の1程度の水準になるということだ。物価については「安定した価格体系」を想定しているが、近年の激しい物価の状況の下では、この仮定の妥当性には、かなりの疑問が残る。幾ら計画している中国経済とはいえ、実質的には中国社会は資本主義経済と余り大差がないので、経済規模が拡大するにつれて、次第に景気の波が強くなっていくのではなかろうか。

軍事支出については、近年10~20%という高い伸び率を示しているが、この高率の軍事出がいつまで続くかという問題と、支出した軍事費が効率的に使われているかの問題があるだろう。ひょっとすると、高騰する賃金のために、軍事費の多くの部分が膨大な数の人民解放陸軍の人件費に消えてしまうということも考えられる。2012年の統計では、中国は$143billionの軍事出に対して、日本は$59.3
Billionであり、中国は国民所得の2%に対して日本は1%である。

中国の経済社会の問題点を要約してみると、以下のようになる。

  • タテマエ(教義的な共産主義)とホンネ(利益追求の資本主義)の間に差がありすぎる。
  • 共産主義は、建前上国民の平等をスローガンにしているが、実際は、太子党や共産党員が支配する特権社会である。支配者階級の子弟の多くはアメリカに留学している。
  • 太子党や共産党員の家族で、能力とは関係なく、その地位にいたというだけで、汚職により膨大な富を得ている。中国では10%の富裕層が85%の富を持っているのに対して、貧富の差が激しいといわれるアメリカは75%である。その結果、富裕層は海外、特にカナダ、オーストラリア、アメリカ、ヨーロッパに資産を分散している。即ち、支配者層は自国を信頼していない証拠である。
  • 貧しい農村と経済的に潤っている都市部の格差が顕著になり、農村から都市に流れ込む若年層が都市政府にとって大きな社会不安要因になっている。
  • 一人っ子政策の結果、男女の比率が不均衡になるとともに、高齢化と少子化が急速に進行している。アメリカの社会には、養子にやった女子が多数いる。
  • 領土が広大過ぎて、地域財閥が拮抗している。土地の個人所有が認められていないので、富裕層は外国の不動産を買い漁る。
  • 最近の抗日デモの結果、外国資本が逃避している。これは、次第に日本以外の国にも影響を与えるだろう。その結果、雇用に悪影響を与えるだろう。
  • 国内の福祉政策は不十分で、急激な公共事業のため、個人の住居を圧迫している。正確な数字はないが、土地の強制収用に絡む警官と住民の衝突が年間数万件にも達していると言われる。
  • 汚職が社会の隅々まで蔓延している。政治局員の選出もお金が大きな影響を持っていると言われている。
  • 統計の信憑性が疑われている。特に社会統計には問題が多い。
  • 所得に対して過大な軍事支出がいずれ予算を圧迫する可能が大きい。12通貨をドルに連動させて、自国の通貨を過小評価させて、輸出奨励を推進している。
  • 輸出商品は付加価値が少ないものが多数を占めていて、品質が粗悪で競争力が少ない。最近ではタイやベトナム製品に競争で負けている。
  • 自己発明技術が少なく、パクリや模倣が多い。消費財、資本財、交通機関、自動車、武器等どれをとっても自己開発をしたものが少ない。最近購入した航空母艦はロシアの「ポンコツ」で、艦載機も発着できない。噂の「ステルス機」も、機体用のカーボン・ハイバーが調達できないので、アメリカから密輸しようとして、捕まっている。「武器の自己開発の自己宣伝」は大げさにやっているが、模型の展示以外には、かくとした証拠がない。
  • 不動産バブルが弾けかけている現在、経済基盤は脆弱だ。赤字公社もバブル崩壊の原因になるかも知れない。
  • 二十世紀前半までの植民地主義を、二十一世紀の現在、なお拡張主義と威嚇外交を実践するので、諸国との軋轢が多い。

では、これだけ矛盾を内包している中国を中心にして発展しているアジア情勢の考えられる幾つかのシナリオを検討してみよう。

1 「自信過剰で暴走し、崩壊する中国」

アメリカとの首脳会談で、「ハワイより西は中国、東はアメリカの支配下」という提案をした中国首脳部が、自己満足が一層膨張し、次第にアジア諸国に威圧をかけ続けて、見かねたアメリカが対中戦争をするというシナリオである。アメリカ政府は「尖閣諸島は日米安保条約の適応地」だとの声明にもかかわらず、中国が執拗に軍艦に改造した漁船を継続的に派遣して、ついには日本の海上自衛隊と海戦になり、国際条約にしたがって、アメリカが参戦する可能性もある。
る。この発生確率は低いが、長い発展の過程で、このシナリオが発生する可能性はゼロではない。

2 「自信過剰だか、大戦を回避しつつ、摩擦だけを続ける中国」

経済が成長し続けている限り、自信過剰の状態が継続し、相変わらず拡張主義を前面に立てて、アジア諸国と摩擦をし続けるが、さすがアメリカの軍事力には勝てないので、ギリギリの範囲内で行動し続ける場合である。「最悪の状態だけは避ける」という、この現況のシナリオが続く確率は極めて高いだろう。

3 「自信過剰だが、経済的な問題から、理性的に判断する中国」

今回の「官制愛国デモ」で日本の企業に100億円もの損害をかけたが、自分たちの雇用の減少や必要な日本製の設備や部品が手に入らなくなっているので、その経済的な損出に気が付いて、今後はもっと理性的に判断するケースである。ところが、習近平新政権では、そんな理性的な判断をしている兆候は全く見られず、相変わらない恐喝外交が継続している。したがって、このシナリオが妥当する可能性は低いと言わざるを得ない。

4 「理性を失い、アメリカと覇権を争い、直接戦闘する中国」

冷静に考えれば、このシナリオが遠い将来発生する可能性は低いと考えられるが、発生確率がゼロというわけではないだろう。

5 「経済問題で行き詰まり、政治的に内部崩壊する中国」

汚職が蔓延し、貧富の差が拡大するにしたがって、国民の不満は増大する。「日本を仮想敵国」にして、庶民の不満の目を、国内から国外にシフトさせる方策にも限界が出てくる。国民の不満も、今までのやり方ではコントロールできなくなって、不満の中心を共産党の上層部へ向け始めて、内乱が発生するというシナリオである。また、不動産バブルが顕在化したり、また多数散在する公社の連鎖破算に始まる経済崩壊の可能性もかなり高いと考えられる。不正蓄財をした共産党の上層部や富裕階層が海外へ逃亡する場合である。このケースの発生確率は高いだろう。

6 「地域差が大きすぎて、幾つかの小国に分解する中国」

中国は、近代史上で一番人口と土地が大きい国なので、北京にある中央政府では統括しにくくなり、地域社会に分割して、いくつかの国になる可能性である。このシナリオも発生確率はかなりあると考えられる。

7 「経済バブルが顕在化して、ゼロ成長化する中国」

中国の社会は「独り子政策」「急速な老齢化」「少子化」が急激に進行している。ある時、突然その効果が顕在化して、経済成長が止まり、社会の矛盾が発現する。「日本の90年代に発生した現象」である。あれだけ高度成長を謳歌した中国にも黄昏がやってくる。それに伴って、外交政策も地域社会協調のトーンに代わってくるといシナリオである。この確率は意外と高いと考えられる。

8 「南北朝鮮紛争が勃発して、中国がその紛争に巻き込まれるシナリオ」

金正恩の時代になっても、北鮮の食糧事情は、依然として改善しな
いどころか、贅沢品の輸入が急増している。若い指導者は、力を示
そうとして、韓国に奇襲をかけるケースは考えられる。その結果
第二次朝鮮戦争が発生するシナリオである。北鮮援護で、中国が参
戦するケースである。

9 「中国と韓国が協同して、日本を攻撃するシナリオ」

尖閣、離於島の問題で、中国が韓国に離於島の所有権を認める代償
として、韓国と中国が協同して、尖閣の事実支配に協力するという
シナリオである。海軍力が弱い中国が考えそうな姑息なやり方
ではある。この発生確率は、ゼロではないと考えられる。

10 「中国対アメリカ、フィリピン、ベトナム軍による海戦」

中国は、尖閣以外にも、黄岩島―スカボロー磯でフィリピンと、
西沙群島―パラセル諸島でベトナムと領有権を争っている。これら
の紛争を通じて、アメリカと対峙する中国は、最終的にアメリカ争
うことになるというシナリオである。このシナリオの発生確率はゼ
ロではないと考えられる。

11 「中国とベトナム、カンボジア軍が水資源で戦争するシナリオ」

中国はメコン川の上流に多数のダムを建設して、インドシナ諸国
を水資源枯渇状態に追い込もうとしている。ダムを建設すれば、水
資源以外にも魚類の成長にも大きな悪影響を及ぼす。中国は、イン
ドシナ三国の連携を分断する目的で、カンボジャに経済援助をして
いるが、歴史的に仲が悪いベトナムしは和解しがたい溝が存在する。
かつて中国はベトナムと戦争したことがあるが、50万人の中国軍が、
僅か5万人のベトナム軍に負けている。

これ以外のシナリオが考えられるだろうか。

2012年11月14日 ミネソタにて
中谷 孝夫(なかたに たかお)
View from Lake Minnetonka ミネトンカ湖畔からの日本観察記
在米45年の元ウォール街の証券アナリスト
著書「アメリカ発21世紀の信用恐慌」2009年刊行