次期日銀総裁問題:最重要人物は「もう一人の副総裁」 --- 鈴木 亘

アゴラ

財務省出身ながらデフレファイター、円高ファイターとして知られる黒田東彦氏を次期日銀総裁とし、副総裁として、なんと20年来の日銀批判の急先鋒である岩田規久男・学習院大学教授が選ばれるという人事案が、本日、政府から正式に提示された。


3月4日に予定されている国会の所信聴取では、当然のことながら、各党とも、注目が集まる黒田氏、岩田氏に対する所信聴取が中心となると思われる。論点としては、

  1. 白川体制下で行われてきたこれまでの日銀の金融政策についての評価、長期デフレの責任の所在の明確化
  2. 2%のインフレ目標への考えと達成への決意、それを達成するための手段やスケジュール、シナリオの提示(達成時期の明確化)
  3. 目標を達成できなかった場合の総裁・副総裁の責任の取り方について
  4. 中央銀行の独立性への考え方(現在のようにオールマイティーの独立性が必要か、それとも各国の中央銀行のように、手段の独立性と解釈するのが適切か)
  5. 日銀法改正についての見解
  6. 特殊法人や霞が関の組織改革が進む中で、その範疇外として改革が大幅に遅れている日銀の組織の評価と、その改革の在り方

といったものが考えられる。アベノミックスに肯定的な立場の人々・党にとっては、こうした論点について、どこまで候補者の「言質」がとれるのかという点が重要となるだろう。特に、先日交わされた政府日銀共同文書は、非常にあいまいで、中途半端な内容であるから、その不足分を候補者たちの決意や宣言で補う必要があると思われる。

一方で、アベノミックスに否定的な立場の人々・党にとっても、上記の論点について、批判を行うためにも、候補者たちに明確な発言をさせる必要がある。どちらにせよ、問うべき内容は大差ない。

さて、黒田氏と岩田教授に限って言えば、もともと「旗幟鮮明」な方々であるから、所信聴取で、明確な発言を得ることは、あまり難しくないだろう。万が一、黒田氏があいまいな答弁を行うようであれば、明快な発言を恐れない岩田教授に先に所信聴取をして、正副総裁候補の見解が違うとただすこともできる。

こうした中、実は今回、所信聴取でもっとも注目しなければならないのは、もう一人の副総裁候補、日銀生え抜きの中曽氏である。黒田氏、岩田氏の陰に隠れて目立たないが、旗幟鮮明な2人よりも、よっぽど集中して所信聴取しなければならないのは、この「もう一人の副総裁」である。

なぜならば、黒田総裁誕生によって、伝統的な財務省と日銀の「たすき掛け人事」が復活するのであれば、次の次の総裁の最有力候補は、間違いなくこの中曽氏であるからである。この中曽氏が上記の論点について、どのような考えを持っているかは、2つの意味で重要である。

一つは、黒田=岩田ラインが外部から日銀に乗り込んでいった場合、彼らの考えは、これまでの日銀の組織・伝統と全く相いれない考えであるから、猛烈な抵抗が日銀側からあることを覚悟しなければならない。いくら総裁・副総裁が変わっても、白川体制を支えた審議委員や理事、局長以下の日銀の幹部が、全部そのまま残っているのである。

はじめから権力闘争と面従腹背のサボタージュにあっては、いくらアベノミクスが正しくても、意図どおりにうまく機能するのは期待薄である。また、いずれ機能するとしても、立ち上がりに相当の時間がかかってしまう。しかし、日銀生え抜きのプリンスである中曽氏が、黒田=岩田ラインの考えに同調するのであれば、日銀の組織がアベノミックスにある程度、歩み寄る可能性がある。日銀の事務局の姿勢次第で、(多くが経済の専門家では必ずしもない)審議委員の考えも変わり得る。

もう一つは、黒田=岩田ラインの後の日銀の金融政策まで、市場が見通すことができるということである。アベノミックスの路線が継続されるのかどうか、中長期的な見通しができることは、政策リスクによる経済の不確実性を減じる。アベノミックスが正しいにせよ、正しくないにせよ、中曽氏の明確な立場が表明されることは、経済にとってプラスである。

また、アベノミックスに反対する立場の人々、党にとっても、中曽氏が黒田=岩田ラインの掲げる金融政策に対して、どのような考えを持っているかを明らかにすることは重要であると思われる。中曽氏がアベノミクスに反対の立場で、現在の日銀の見解を支持するのであれば、総裁と副総裁候補の意見が不一致であるとして、正副総裁人事をパッケージとして出している政府人事案を流す攻撃材料になる(一方、賛成派は中曽氏を承認しないことができる)。

すなわち、中曽氏が、黒田=岩田ラインと同じ金融政策レジーム(インフレ目標レジームで、金融政策だけで2%インフレを達成できる。達成できない責任を政府の成長戦略など他人のせいにせず、日銀が達成の全責任を負うというレジーム)を共有して金融政策の決定の臨むのか。

それとも、旧来型の日銀レジームなのか(日銀レジームは、日銀の金融政策だけでは2%インフレ目標は達成できない。政府の成長戦略が成功する必要があるという立場)を、与野党とも集中して問いただすべきである。

アベノミクスに賛成の立場であろうと、反対の立場であろうと、実は、中曽氏こそが、所信聴取の中心となるべきもっとも最重要人物である。私の耳に入っている限りは、与野党も、マスコミもそのことにあまり気づいていないようなので、門外漢ながら、注意を喚起した次第である。


編集部より:この記事は「学習院大学教授・鈴木亘のブログ(社会保障改革の経済学)」2013年3月2日のブログより転載させていただきました。快く転載を許可してくださった鈴木氏に感謝いたします。
オリジナル原稿を読みたい方は学習院大学教授・鈴木亘のブログ(社会保障改革の経済学)をご覧ください。