期待って何?

池田 信夫

日銀総裁の候補になった黒田東彦さんが、国会で所信表明しました。予想されていたより地味で新味がないので、ドルも株も下がってしまいました。


彼のいっている国債の買い入れは、日銀が今まで山ほどやってきたことで、105兆円できかなかったものを150兆円にしても、きくとは思えません。むしろ大事なのは、黒田さんが「期待」を強調したことでしょう。彼はこういっています。

金利引き下げの余地が乏しい現状では金融政策の運営にあたっては市場の期待にはたらきかけることが不可欠だと思います。私が総裁に選任されたら、市場とのコミュニケーションを通じ、デフレ脱却に向けてやれることは何でもやるという姿勢を明確に打ち出していきたい。

まず「期待」という言葉の使い方が変ですね。インフレというのは消費者にとってはいいことではないので、インフレを心待ちにしている人はいません。これは黒田さんが悪いのではなく、expectationを期待と訳した経済学者が悪いのです。最近は「予想」と訳すようになっています。

次に「期待にはたらきかける」って何でしょうか。「日銀総裁がいうんだから値上げしよう」という会社があるでしょうか。そんなことをしても商品が売れなくなるだけです。「インフレになるなら今のうちに買っておこう」という人はいるかもしれませんが、実際に値段が上がらなければ余計なものを買うだけです。つまり問題はインフレを予想するかどうかではなく、実際にインフレが起こるかどうかなのです。

だから日銀総裁が約束しただけでは、インフレは起こりません。たとえば日銀総裁が「経済成長率を5%にする」といっても、何も起こらないでしょう。日銀が成長率を上げる手段がないからです。インフレが起こるのは、彼がインフレを実際に起こす具体的な政策手段をもっているときにかぎられるのです。

しかしこども版第4回でも説明したように、金利がゼロになってしまうと、日銀がいくらお金を増やしても、売れないバナナを店先に増やすのと同じで、何も起こりません。「黒田さんがあれほどいうんだからインフレは起こるだろう」と思って倉庫株などを買う人がいるかもしれませんが、実際にインフレにならないと損するだけです。

これはみなさんの身近な例でもわかりますね。お母さんに「今度のテストで1番になるから、おもちゃを買ってよ」といっても、お母さんは「そんな約束しても、1番になるかどうかわからないでしょ」というでしょう。大事なことは勉強するかどうかで、何を約束するかではありません。できないことを約束するのは、ただの嘘つきです。よい子は黒田さんのようにできない約束をするのはやめましょう。