日本料理の世界展開を阻む高い「壁」とは --- 岡本 裕明

アゴラ

カナダから日本にワーキングホリディ制度を利用して日本料理の勉強をしに来たJ君。カナダのフランス料理店で経験を積み上げながらフュージョン料理を極めるため、日本料理は欠かせないと判断し、それまで務めたモントリオールの料理店を辞めて日本の超高級日本料理店に入り込みました。


希望に燃えていざ働き始めたものの、なにか違います。誰も教えてくれない。言葉も通じない。キッチンの様子はカナダのそれと全く違います。日本料理の修行の世界はカナダのJ君にとってあまりにも高すぎる壁でした。

入店数か月後、彼に東京であうと元気がなく、「これからどうするか考えている」と呟きました。「日本の飲食は修行の世界。誰も教えてくれないけどその技術を先輩から盗む(steal)ことだよ」というと「盗む」という言葉に妙に抵抗感を示しました。そうでしょう、盗むというのは北米の発想ではあり得ないことです。やってはいけないことをやる、ということを私は彼に教えるのは抵抗があります。日本のキッチンが外国人にも心地よく働けるようになることは当面なさそうです。

バンクーバーにも有名な中華料理店はたくさんあり、複数店舗持っている店もいくつもあります。しかし、必ず聞くのは、「○○店がおいしいよ」とか「○○店は昼の飲茶がいいよね」といった具合です。チェーンレストランがはびこる日本や北米では考えられない質問です。なぜでしょうか?

理由は中華料理の職人の世界にはマニュアルは存在しないからです。つまり、シェフは書き物を残さないので全く同じ味は他店では作れないのです。よって中華レストランの多店舗展開は原則不可能で複数店舗ある場合でも味が違うのです。マニュアルを書かない理由はシェフのそれまでの苦労を紙一枚で売ることはあり得ないといったら理解できるでしょうか?

寿司はいまや世界のスタンダードフード。街を歩けばSUSHIの看板はどこでも見られますが、日本人が経営している寿司屋は少なともバンクーバーでは減少の一途。ダウンタウンでは数軒を残すのみとなりました。多くの寿司店は韓国人、中国人が経営しています。私が90年代後半、シアトルで経営に携わっていた日本食レストラン。ランチの寿司食べ放題はアメリカ人にバカ受けしましたが、その寿司を握っていたのは寿司シャリを作る機械とメキシコ人スタッフ。

結局、「世界の寿司」は日本で修行するには5年も10年かかりますが海外ならすぐに握らせてもらえます。その上、商売として見るとロール寿司が大きく進化した北米においてシャリにこだわるよりも白い大きな皿にいかに美しく盛り付け、ソースをフランス料理風にかけて、全く新しい寿司ディッシュを創り出しロール一本1500円出しても喜んで食べてもらえる世界を作り上げました。もちろん、ネタがやたら大きくて安い店はもっと流行っていますが。

料理に関しては日本に来ると天国です。これはいくら凡人の舌しか持ち合わせていない私でも分かります。そして街中、どの店もあり得ないほど工夫を凝らしているのです。この高いクオリティを海外に出せないのはなぜでしょうか?

冒頭のJ君。ぼそっと一言、「日本料理を学ぶには時間がかかるけど僕にはそんなに時間的余裕はない」。私は言葉の壁というより、教えないスタイルがこの世界にはあるのではないかと思います。もしも日本料理を世界レベルでもっと大きなビジネスにするならばそれは広く多くの人が学べる環境を作り上げることが必要なのかもしれませんね。

今日はこのぐらいにしておきましょう。


編集部より:この記事は岡本裕明氏のブログ「外から見る日本、見られる日本人」2013年4月21日の記事より転載させていただきました。快く転載を許可してくださった岡本氏に感謝いたします。
オリジナル原稿を読みたい方は外から見る日本、見られる日本人をご覧ください。