ついに降参:アメリカ唯一の「無料」私立大学、来年から有料に

2013年04月25日 18:28

クーパー・ユニオン大学を知らない人でも、マンハッタンのグランド・セントラル駅の東隣に聳えるアートデコ調の尖塔を持ったクライスラー・ビルや発明王のトーマス・ヱデイソンを知る人は多いに違いない。

クーパー・ユニオンは、実はクライスラービルの地主であり、小学教育を3年しか受けていなかったヱデイソンが、化学の知識が必要だと痛感し、聴講生として通ったのもこの大学である。


ニューヨーク大学やグリニッチ・ビレッジの直ぐ東側にある、この小さな大学は、1879年の開校以来、学生から授業料を徴収した事がない事で、米国では良く知られた大学である。

残念な事に、先日「2014年度からは授業料無料制度は継続せず、年間2万ドルの授業料を徴収する」と言う発表があった。

これで、150年近く続いた伝統もこの世から消えることになる。

この大学の米国内での評判は高く、US NEWS WORLD REPORT 誌の全国ランクでも、規模の小さい大学として全米でも一、二を争う優秀大学で、その入学競争率は、ハーバードを含むアイビーリーグより難関で、特に伝統の建築学科の競争率は20倍を超える。

この大学の特徴は「授業料無料」だけではなく、創立者の進んだ建学の精神が綿々と引き継がれてきた事でも良く知られている。

創立者のピーター・クーパーは、1791年にNYで生まれたが、学校教育は受けられず、幼い頃から丁稚奉公に出て働きだした。

彼は、持ち前の好奇心を活かして多くの特許を取得し、その収入で事業を起こして大成功を収め、当時の米国で、一、二を争う富豪になった人物である。

彼は、ビジネスマンとしての才能だけでなく、アメリカ最初の蒸気機関車を設計・製作するなど、優れたエンジニアーでもあった。

その彼が、フランス軍の所管する理工系エリート養成高等教育機関「エコール・ポリテクニーク」が無料だと言う事実に触発され、私財を投入して1859年にクーパー・ユニオンを設立した。

大学教育を受ける機会を持てなかった彼は、人種、宗教、男女の差別無しに、全ての才能のある若者に教育の機会を与え、隠れた才能を発掘したいと言う夢を持っていた。

当時としては極めて急進的な「全ての差別を否定する」考えを持つ彼は、夢の実現をこの大学にかけた。

クーパー・ユニオンが優秀だと認めれば、高校の成績に関係なく入学を許可すると言う考えも、既成の価値観に挑戦する急進性と人間の可能性を見出す事への彼の自信の表れであった。

米国の国立大学6校 (陸,海、空の士官学校、海上保安大学、軍医科大学,商船大学) を除けば、国、公、私立を通じて全米唯一の無料4年生大学を。100年以上も続ける事が出来たのは、創立者の「機会平等」への強い信仰と、彼の考えに賛同した鉄鋼王アンドリュー・カーネギーなど多くの実業家の支援があったからの他ならない。

卒業までの4年間に、大学が現在負担する授業料は15万ドルを超えると言うことは、千人近い学生を支えるだけでも単純計算で年間3千8百万ドルの費用が必要となる計算だ。

大学の基金が6億ドル超あるとは言え、この基金の運用だけでは費用がまかない切れない事は当然である。

他大学に比べても、遥かに強い愛校心を持つ同校の卒業生の多額の寄付はあるにせよ、医療費と共に物価の上昇を遥かに上回る速度で上昇を続ける教育費を考えると、いずれ大学財政を脅かす事は明らかで、学校側も財政の維持には工夫を凝らしてきた。

先に書いた「クライスラー・ビルディング」の底地は、ピーター・クーパーが大学に寄付した土地であったが、その底地の上に建つクライスラー・ビルから入る土地使用料は、年間700万ドルにのぼり、その他の不動産収入とあわせ、クーパー・ユニオンの財政に果たす不動産の役割は大きい。

その不動産知識を活用して、クーパー・ユニオンは市の税務当局とビルの賃貸権を持つ企業との間で、異例の契約を結ぶ事に成功した。

その内容は、クーパーユニオンが土地を売却した場合は、契約は自動解消すると言う付帯条件は付いているが、本来なら賃貸権者がニューヨーク市に納めるべき賃貸料税をク=パー・ユニオンに支払うと言うもので、賃貸権を持つNY最大手の不動産管理会社のTishman Speyer社は、年間賃貸税相当額が2018年までは三千二百五十万ドル、その後2028年には4千百万ドル、2038年には5千5百万ドルとなると言う想像も出来ない有利な契約であった。

これを認めたNY市も見上げたものだが、NY市立大学でも有料である時に、私立大学に実質的税金を与える事に不公平論が出ないアメリカの国民性には感心する。

この大学の高名な卒業生の一人に、マイノリティ、弱者の住宅問題に鋭い関心を寄せ、ルワンダの難民キャンプのためのシェルターを国連に提案したり、阪神・淡路大震災後の仮設住宅や教会の集会所を特殊加工された「紙(紙管)」で制作した坂茂(ばんしげる)氏がいる。

クーパー・ユニオンの無料制度が無くなるのは残念だが、坂茂氏の「弱者に対する関心」が、クーパー・ユニオンの影響だとしたら、創立者のピーター・クーパーの満足もさぞやと思うだけでも、日本人として何か誇らしい。

2013年4月26日
北村隆司

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