アメリカ人は「人身売買」を非難できるのか

2013年05月18日 17:35

橋下発言で慰安婦問題がまたこじれて、私のところにも週刊誌の取材が来るが、お断り。基本的な事実関係は「NYタイムズのための『慰安婦問題』入門」にかなりくわしくまとめたので、それを参照していただきたいが、今回の騒ぎについてはちょっとボタンの掛け違えがあると思う。


発端は13日のぶら下がりで、村山談話についての話の中で出てきた「あれだけ銃弾の雨嵐のごとく飛び交う中で、命かけてそこを走っていくときに、そりゃ精神的に高ぶっている集団、やっぱりどこかで休息じゃないけども、そういうことをさせてあげようと思ったら、慰安婦制度ってのは必要だということは誰だってわかるわけです」という一節だけを取り上げたものだ。

これは話の本筋でもないので「口がすべった」といって撤回すればよかったのに、橋下氏が「世界各国に同じ制度があった」などと開き直るような発言をしたため、話が大きくなってしまった。正確にいうと、日本を含めてどこの国にも、国営で売春をさせる「制度」はなかった(例外はナチスの強制収容所で、くわしくは上の「入門」参照)。

ただ、どこの国でも戦地に売春はつきもので、売春に人身売買はつきものだった。戦前は貧しい農村で親が借金のかたに娘を女衒に「身売り」していたことは歴史的事実である。1991年に名乗り出てきた金学順も「親に売られてキーセンになった」と証言したので、これは強制連行ではない。そもそも軍が暴力で連行できるなら、人身売買する必要はない。吉見義明氏も認めているように、人身売買の主語は民間業者なのだ。

韓国側はこれを巧みに使い分け、日本に対しては「軍が強制連行した」という一方で、欧米には「日本は慰安婦を人身売買した」と問題をすりかえている。このため、米国務省でさえ「日本政府は人身売買を正当化している」と誤解している。彼らがsex slaveなどと問題にしているのは、強制連行ではなく人身売買なのだ(あるいは両者を混同している)。


人身売買は今でも世界に広く見られ、インドやミャンマーなどでは大規模な売買が横行しているといわれる。上の図は米国務省が世界の人身売買を分類したものだが、オレンジと赤が監視対象国で、緑は問題なし。日本は外国人に非人道的な労働をさせるケースがあるという理由で「努力中」という黄色の分類になっているが、戦時中は欧米でも人身売買はあった。

何よりも世界史上最大の人身売買は、300年間にわたって1000万人以上のアフリカ人をアメリカに送った奴隷貿易である。聖書にも「罪なき者は石もて打て」というように、少なくともアメリカ人は他国の過去の人身売買を非難できる立場にはないだろう。歴史上の出来事に現代の価値判断を持ち込んでも、不毛な争いになるだけだ。

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池田 信夫
アゴラ研究所所長 青山学院大学非常勤講師 学術博士(慶應義塾大学)

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