書評:田中角栄というシステム --- 中村 伊知哉

2013年06月03日 17:13

早野透著『田中角栄』。これまでも角栄本はたくさん読みましたが、改めて田中政治って何だったのかなと考えるきっかけになりました。生前のうちに肉眼で拝んでおけばよかったと思う人であります。

毀誉褒貶のチャンピオン。金権政治、官僚操縦、数々の議員立法を通した政策マン。評価はさまざまですが、一つの型というか、システムを作られました。


それは、イデオロギーよりもリアリズム、理念より実利を求める政治の型であり、その手段としての集金・分配と数のメカニズムであり、それを代表する「党人」という立場だった、と思います。

イデオロギーや理念先行型の政治は、官僚出身者に多かった。吉田(外務)、岸(農商務)、池田(大蔵)、佐藤(運輸)、福田(大蔵)、大平(大蔵)、中曽根(内務)、宮沢(大蔵)。官僚出身の総理は、やりたいことが先にぷんぷん漂っていました。

これに対し、田中は、日本列島改造論や日中国交正常化など、総理になるころに打ち出した政策は理念的に見えますが、基本は、ドブ板の選挙と集金・分配を通じて、地域が求めるものをゴリゴリと実行していった政治家だと思います。理念的にやりたいことよりも、民衆から求められることをやった。

議員立法を重ねたことから、理知的な法律家という評価もありますが、基本はその党人的な手腕と魅力で官僚システムをこき使い、民衆から求められる制度や予算をしつらえていったのが実態ではないかと見ます。

ぼくは、これが自民党政治の幹であり、迫力の源だったと思います。イデオロギーよりも民衆のリアリズムに立脚し、ひたすらそれを実現する。足腰と耳の政治です。

戦後の党人総理は実質、田中に始まり、鈴木、竹下、海部らを生みました。官僚派vs党人派という暗闘もあったと聞きます。エリートと大衆ですね。しかし、党人系脈が太い型として育つ前に、自民党政治は世襲にスタンスを変えました。

橋本、小渕、小泉、安倍、福田、麻生。理念と実利、帝王学と大衆というバランスを取るための一つの型と言ってもいいでしょう。民主党は、この型に対抗しようとしたはずですが、理念型に偏り、大衆から離れ自滅しました。

72年、田中は毛沢東国家主席、周恩来首相と談判し、日中国交正常化にこぎつけます。同年の沖縄返還に次いで、戦後処理を仕上げました。オイルショック後はエネルギー政策も転換しました。それがアメリカの不興を買い、後の失脚につながったとする説もあります。これらも確固とした理念というより、リアリズムに従った政治だったのだとぼくは思います。

その後、国運をかけた政治判断はありませんよね。湾岸にしろイラクにしろ、戦争参加の判断とはいえ、よそごとでしたし、バブル処理も国鉄電電郵政民営化も国運をかけたわけじゃありませんしね。TPPの判断に手間取ったのも仕方ありませんわね。

さて、田中政治との関わり。ぼくの住んでるアパートの向かいの部屋が大番頭・金丸信の元オフィスで、金塊やらワリチョーやらが出てきたんで有名になってしまったのですが、会ったことはありません。その子分、小渕恵三には副総裁当時、初めてお目にかかったときに蝶ネクタイ着用を命ぜられ、以後15年間、クールジャパンに関わって和服に転換するまで、そうさせられるハメとなりました。郵政族のその後を負った野中広務には、アンタ選挙出えへんかと誘われましたが、先生ぼく京都でっせ、そらあかんわ、で終わり、事なきを得ました。それぐらいです。ありがたいことは全くありませんでした。

おじょうさま。会ったことはありません。でも、「デジタル教科書はいらない」という本をポプラ社から出されまして、弱りました。反論は簡単なのですが、怖い。ご主人とは東日本大震災の直後に一緒に被災地を回りましてね、あちこちで丁寧に頭を下げ気を配っておられる姿に接し、なんていい人すぎるんだろうと思ったんですが、カミさんは怖い。だから反論は孫正義さんの担当ということでお願いしておりましてね。

田中真紀子文部科学大臣が発令されたときには、デジタル教科書推進一派はもはやこれまで、と覚悟しました。ところがおじょうさまときたら、大学新設を認可しないわよとか言い出して、おじょうさまどないしまんねんと思っているうちに政権交代となり、ホッとすると同時に、どうせならデジタル教科書撲滅とか宣言してもらって、ぼくらが次に運動する反発パワーをもらっておきたかったなと思っている次第。

本題。ぼくが田中角栄を評価するのは、史上最大のコンテンツ政策を遂行したからです。テレビ局の一斉開設です。1957年。岸内閣で39歳で郵政大臣に就任した田中が民放34社に一斉免許を与えました。これがテレビ産業の拡大をもたらし、日本コンテンツの大本となる産業を成立させました。

腰を抜かすほどの電波開放。コンテンツ政策には長く関わっていますが、未だこれを超える政策はありません。89年、通信衛星を放送に使えるようにした制度改正、つまり多くのプロダクションが放送局になる道を開いた政策がこれに次ぐものですが、なんと言っても地上波開放のインパクトが大きかった。

現在のコンテンツ政策も、それくらいのダイナミックな政治力が求められています。ちかごろコンテンツ政策には政府も肩入れしていますが、粒が小さすぎる。こういうガツンとしたオヤジが欲しいと思います。ぼくは文化政策、通信放送政策、家電・ソフトウェア政策、IT・知財政策を合体した「文化省」を提案しているんですが、田中角栄文化大臣だったら何を企画してくれるだろうという空想に捕らわれます。

「女は砥石である」。田中の名言です。磨いて磨いて磨いてもらう。鋭くなって、働きは増す。けれども、その分すり減る。ご苦労なされたんでしょうね。


編集部より:このブログは「中村伊知哉氏のブログ」2013年6月3日の記事を転載させていただきました。
オリジナル原稿を読みたい方はIchiya Nakamuraをご覧ください。

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