ネット炎上が自殺者をも出してしまう現状を問う --- 岡本 裕明

2013年06月26日 13:47

岩手県の県議が病院での呼び出しが番号だったことに「ここは刑務所か」と腹を立て、会計もせずに帰宅したことを自身のブログに記載したことが大炎上となり、ブログを閉鎖して謝罪したもののクレームはやまず、結果として帰らぬ人となりました。

ブログを書く者としてショッキングであり、考えさせられるものがあります。


お隣、韓国でもしばしばブログの炎上がきっかけで自殺を含む大きなトラブルになることは報道されています。韓国の場合には日本より更に濃く熱い信念がちょっとはみ出したことに対して猛烈なる批判となるように見受けられます。これは社会的に格差が広がり、バスに乗り遅れた多くの若者たちのストレスの発散なのでしょうか?

一方、今回、自殺まで追い込まれた県議のブログは炎上させるために書いたような内容であり、ブログに対するアプローチの欠如といわざるを得ません。

ブログやメルマガ、ツィッターを含むSNSは先日も書きましたように不特定多数の人がいつでもアクセスできるため一部の共感者を求めるあまりエキストリームなことを記載すれば当然ながら厳しい意見も飛び交うことになります。一方でブログは日記で個人の考えを書くものだから何を書いてもよい、と主張する人もいるかと思いますが、それは逆に書き手が無防御状態になる、と言うことでもあります。

事実、これらSNSに対して企業は厳しいコントロールを敷き始めています。いみじくも県議の自殺とほぼ時を同じとする23日の日経新聞の一面に「企業とルール」というコラムでサブタイトルが「炎上対策、手探り続く」とあります。これは従業員が業務上知りえたことをツィッターなどにつぶやいたりユーチューブなどを使い、社内や職場でとんでもないことをあたかもパフォーマンスのごとく行い、それを投稿するといった稚拙な行動をいかに抑え込むか、という内容です。

となれば、県議のブログも県議会連盟なりがチェックするべきだったのか、という話になるのですが、子供ならまだしも一定年齢で社会的に自立し一定のポジションを持っているわけですから、それには疑問符がつくでしょう。気軽になったSNSへのアクセスは公衆道徳が打ち消され、あまりにも無頓着になったような気がするのです。

先日、バンクーバーのあるスーパーでレジに並んでいたところ、後ろに並んだ男性がおもむろにスマホで動画撮影を始めました。それがどうもレジの店員に向けた構えのように見えたと思ったら店員が厳しくも恭しく「お客様、私は写真を撮られるのが嫌いです。その撮影はお止めください」とパシッと大きな声で言い切りました。ほかに並んでいた人の目線はとたんにこの客に集中し、その客はいたたまれない状況となりました。

炎上とは書き手に問題がある場合が8割だろうと思います。一方、コメントする側にも問題がないわけではありません。一行コメントはコメンテーターの知性が疑われても仕方がないでしょう。反論は必ず論理的、かつ、わかりやすく、また揚げ足を取るようなことをすべきではありません。例えば誤字脱字はどうしても発生します。書籍や新聞はプロが何度も見直しているのでほぼ完璧な文章ですが、それでお金を稼いでいるのですから当たり前なのです。読み手はその差を認識すべきだと思います。

私も一ブロガーとしてブログそのものの成長を伴うよう内容や質の向上を常に考えています。日本は世界でも最もSNSが普及している国の一つです。それは読み手、書き手それぞれがリスペクトされるブログ大国になる成長過程にあるともいえるのです。

今回の事件は実に残念ではありますが、これが無駄にならないようにするのが我々の使命だと改めて考えさせられました。

今日はこのぐらいにしておきましょう。


編集部より:この記事は岡本裕明氏のブログ「外から見る日本、見られる日本人」2013年6月26日の記事より転載させていただきました。快く転載を許可してくださった岡本氏に感謝いたします。
オリジナル原稿を読みたい方は外から見る日本、見られる日本人をご覧ください。

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