沖縄の「第3紙」はウェブで創刊してみたら?

新田 哲史

沖縄に来ている。
前回来たのは新聞記者だった最後の年だから3年ぶりか。おととい、メディア界きっての「意識高い系」である2人の若手論客に「アゴラ」でモノ申した後、そのまま飛行機へ。あわよくばの商機を探しつつ、この4カ月にためこんだ心身の疲労を抜くための保養も兼ねているのだが、この愛すべき島に来ると毎度のごとくげんなりすることがある。読むに値する新聞が無いのだ。沖縄タイムス琉球新報。そのうち紙の色まで“真っ赤”に染まるのではと思うほど、反米一色の極左論調である。※写真は首里城(1日撮影、折角来たのに外壁塗装工事中。。。泣)


首里城

●結構いるはずの保守層
沖縄の人たちを気の毒に思うのは、政治志向は決して左翼的な人ばかりではないのに、地元で寡占状態の2紙が共に同様の論陣を張っていることだ。先の参院選の沖縄選挙区(定数1)では、左派現職の糸数慶子氏が29万4,420票を集めて3選を決めたが、自公推薦の新人、安里政晃氏も26万1,392票で続いた。つまり、安里氏は、糸数氏の得票の9割近い支持を集めたわけで、この数字だけでも保守層は結構いることが分かる。選挙結果を報じた沖縄タイムスが「3万票差」を見出しに強調しているあたりも、“偏向ぷり”を改めて示して逆に笑えるのだが、参院選の票差を単純に当てはめれば、沖縄の有権者の半数近くは自分たちの考えとのギャップが大きい論調の新聞を、それも対立軸の無い2紙だけの選択肢の中で読まされていると言える(※全国紙はコンビニ等で販売しているが、読売などは他県版の空輸で沖縄版は制作していない)

最近知ったのだが、沖縄にも保守系読者の受け皿を目指した「第3紙」がかつてあった。その名は「沖縄時報」。本土復帰3年前の1969年に創刊した。沖縄タイムスと琉球新報の牙城の一角を突き崩そうとしたが、記者クラブ加盟を両紙に反対されるなど抵抗に遭い、営業面でも苦境に立って、早々に廃刊に追い込まれた。ただ、ネットを見ていると、沖縄メディアの左派偏向への強い不満を示す県民のブログ等も結構ある。尖閣情勢や中国軍の海洋進出がますます懸念されていく中で、非現実な安全保障論を扇情的に振りかざすだけの新聞ばかりが県内で幅を利かせることには懸念がある。いや、私が「ちょいタカ派」であることを抜きにしても(苦笑)、県内メディア論壇上のアンバランスは望ましくない。

●「第3紙」はウェブでしょ!
勝谷誠彦さんあたりの保守系オピニオンは、よく「第3紙」創刊を提言するけど、普通にやってはかつての沖縄時報と同様の運命をたどるだろう。それどころか今の時代、新聞市場が縮小傾向にある中で、ゼロから寡占市場に殴り込みをかけるのは無謀だ。しかし、沖縄時報が“乱”を起こした70年頃と違い、今はインターネットが普及している。どうせやるならウェブに軸足を置いた「第3紙」はどうだろうか。経営は至難の業とはいえ、国内外で成功している報道サイトのリーディングケースもある。

主要ターゲット読者は、アラフォー以下の若年層。若くなるほど紙の新聞へのなじみが薄く、ネットへの親和性が高いというメディア接触上の狙いもあるが、大半が「本土復帰後」に生まれたところに注目している。ここで沖縄の「新保守」の動向を取り上げた、この毎日新聞の記事を紹介しよう。それによると、復帰後に生まれた若い世代の政治意識は上の世代と変化しており、沖縄の保守勢力の中にも「新保守」勢力の芽が育っているという。読者層開拓を期待させてくれる良記事だ。たまには毎日さんを誉めよう(笑)。

●本土からもリソース収集
「第3紙」が地元2紙に付け入る隙は、非現実的な「平和」論議以外にもある。読者の生活に密着し、彼らが抱える社会的課題にどう向き合い、解決策の一端でも示せるか。たとえば「経済」と「教育」。若年者の失業率と全国学力テストでは、沖縄は47都道府県でワーストの常連だ。その構造的な要因として、地域性や県民性、歴史的経緯などの「特殊事情」に求めがちだが、有効な打開策を打てていない政治や行政のお目付け役として、タイムスも新報も有用な報道・提言が出来ていたと言えるのだろうか。

では、「第3紙」の具体像は、どのようなものか。沖縄の地域密着を基本スタンスにしながらも、国境の無いウェブの特長を最大限生かし、「ヒト」「カネ」「チエ」のリソースは本土からも多数集めるところが肝だと考える。本当は今回で書き切りたかったけど、アゴラの規程字数に近付いてきたので、続きは今度。。。やべっ、2回に分けた分、次の内容は、ハードルが上がっちまったな(汗)

たまには、宇佐美君の締めフレーズをパクろうかな。ではでは、今日はこんなところで~。

新田 哲史
Q branch
広報コンサルタント/コラムニスト
個人ブログ