リスクって何?

池田 信夫

英語のリスクは、普通は危険と訳しますが、これは正しくありません。たとえば、みなさんが学校の屋上から飛び降りると危険です(よい子はやめましょう)が、「リスクがある」とはいいません。リスクというのは「もしかするとケガするかもしれない」という確率的なできごとをいうのです。

みなさんのまわりには、リスクがたくさんあります。小学生にとっていちばん大きなリスクは、交通事故です。毎年5000人ぐらい死ぬので、みなさんが1年間に交通事故で死ぬリスクは、歩行者を1億人とすると、1億人÷5000人=2万だから、2万人に1人ぐらいです。

では飛行機と自動車のどっちのリスクが大きいでしょうか? 「飛行機は落ちるから危ないに決まってるじゃん」という人が多いと思いますが、日本の航空会社では1985年の日航ジャンボ機事故以来、大型旅客機の墜落事故は起きていません。それ以後の25年間の平均では、飛行機事故の死者は毎年約18人なので、自動車事故のリスクは飛行機事故の300倍ぐらいということになります。

つまり1回の事故の危険が大きいからといって、確率的なリスクが大きいとは限らないのです。原発は、これまで世界中で50年以上運転してきましたが、先進国では5人以上の死亡事故を起こしたことが1度もありません。石炭火力のリスク(発電量あたり死者)のほうが原子力の500倍以上も大きく、隣の中国では石炭の大気汚染で毎年10万人以上、炭鉱事故で2万人以上が死んでいるといわれています。

東日本大震災では、原発事故の放射能で死んだ人はいませんが、津波で約1万8000人が亡くなりました。災害のリスクを減らすには津波対策にお金をかけたほうがいいのですが、政府は原発を止め、毎年3兆円以上の燃料費が無駄に使われています。今年で9兆円以上。これだけのお金を津波対策に使ったら多くの命が助かるでしょうが、原発を止めても何の役にも立ちません。

こういう話をすると「原発事故は1回起こったら広範囲の放射能汚染が起こるからなくすべきだ」という人がいますが、これは「旅客機は1回落ちたら何百人も死ぬからなくすべきだ」というのと同じです。世の中には交通事故やタバコをはじめ多くのリスクがあるので、ゼロリスクにすることはできないし、その必要もありません。発電によるリスクをゼロにしようと思えば、原発も火力発電所もやめるしかありません。

でも世の中のほとんどの人は「危険」と「リスク」の区別がつかないので、大きな事故が起こると、それが明日にもまた起こると思って恐怖を抱きます。政治家もそういう大衆に迎合するので、原発はとうとう全部止まってしまいました。中には、原発の安全審査さえ受けさせない新潟県知事もいます(彼の場合は自分でもリスクの意味がわかってないようですが)。

事故の心理的なショックでリスクを過大評価することは、大事故のあとはよくある傾向ですが、震災からもう2年半たちました。今のような無駄づかいを続けていると電気代や税金が上がり、最終的な負担は小学生のみなさんの世代に何十兆円も回ってきます。そろそろ政府もマスコミも、冷静にリスクを計算してはどうでしょうか。

追記:ツイッターで指摘されましたが、1994年に名古屋空港で中華航空機事故があったので、「日本の航空会社」の事故と訂正しました。