こんなインフレで誰がうれしいのか

池田 信夫

きのう発表された8月の消費者物価指数を見ると、総合CPIは0.9%に上昇した。黒田日銀総裁の就任前の3月には-0.9%だったので、この半年で物価は1.8%も上がったことになる。この調子なら、日銀の「2015年4月に2%」というインフレ目標は十分クリアできる、と思う人がいるかもしれない。

201308
消費者物価上昇率(前年比)出所:総務省


しかし日銀がインフレ目標の基準にしているのは、「食料・エネルギーを除く」いわゆるコアコアCPIである。これは図の赤い線だが、8月は-0.1%で、ここ数ヶ月はほぼ横ばいだ。液晶テレビなどの安売り合戦が一段落してデフレは落ち着いてきたが、依然として物価は下がり続けている。予想インフレ率の指標となる長期金利も0.7%程度で、下がり続けている。

つまり黒田日銀がマネタリーベースを半年で20%も激増させた「異次元緩和」の効果は、何も出ていないのだ。総合CPIの上昇の主役はエネルギーコストである。特に原発を止めているため、燃料輸入が増加して電気代が上がり続け、今月は前年比8.9%の上昇率だ。円安で原油価格なども上がったため、光熱費は11.8%も上がった。ガソリン代は13.2%と記録的な上昇率になった。

しかもこの電気代は粉飾料金である。東電についていえば、柏崎刈羽6・7号機が動いているという架空の条件でコストを算出している。どこの電力会社もこのような粉飾料金で赤字になっているが、このままでは3期連続の赤字に転落して銀行の融資が受けられなくなるので、いずれコストを料金に転嫁せざるをえない。

このように経産省が料金を粉飾しているため、人々のコスト意識が麻痺して「金より命」などというフリーライダーが出てくる。合理的な意思決定を行なうためには、原発停止による費用と便益の比較が必要だ。経産省はこれまでの9兆円のコスト増を電気料金にすべて算入し、人々に「反原発」のコストを意識させるべきだ。

もっと深刻なのは産業用料金だ。こっちは自由化されているので、企業ごとに違うが、大手企業でも1割以上は上がっている。原発の停止による毎年3兆円の損失は電力業界の総売り上げ15兆円のほぼ2割だから、最終的には平均2割、電気料金は上がる。これは消費税の1.5%分である。「アベノミクス」の偽薬効果は、エネルギーコストの上昇で吹っ飛ぶだろう。

これについては藤沢数希氏と対談したが、皮肉なことに安倍首相のめざした「デフレ脱却」は、日銀ではなく原発停止によって実現しそうだ。しかし電気代が2割も上がると、生活は苦しくなり、企業の海外移転は加速し、国内投資はさらに減るだろう。こんなインフレで誰がうれしいのだろうか。