「メディアの融合について」市民講座風味で --- 中村 伊知哉

アゴラ

今日は、ちょっとテレビとネットの融合について、公民館で開かれる市民講座風に、お話しましょう。

「ウルトラQ」のDVD全集を買ってしまいました。仕方がないのです。カネゴンやガラモンやケムール人を無性に見たくなることがあるのです。

しかし家人は「またそんなもの買い込んで」。漫才バトルやら往年のドラマシリーズやら、他にも家にはたくさんあります。テレビでタダで放映されたものを、わざわざおカネかけて買うなんて。しかも置き場に困るじゃないの。ビデオテープよりコンパクトになったとはいえ、全集なんて買われた日にゃぁ、ぶつぶつ。理解できない、というのです。


お怒り、ごもっとも。簡単に手に入るものは買って場所を取らなくていい。本ならば図書館があるし、電子書籍も充実してきました。音楽もオンラインでだいたい手に入ります。映画もDVDが出そろっているから買おうと思えば買える安心感があるし、オンデマンドでいろんな作品が見られるようになりました。
 
テレビ番組はそうはいきません。録画の機会を逃すと、あの特集、あのシリーズと思っても、よほど商品価値のあるものでないと、そうそう市場に出回っているものではありません。放送番組は9割が1度オンエアしておしまいで、DVDやネットなどで再利用する割合は1割にすぎません。

番組が保存され、再利用されるのが少ないのは、そのための著作権処理が大変という面もあります。でも、デジタル時代が到来、テレビ番組という宝の山を活かさない手はありません。40年以上も前の番組の全集に飛びつくオヤジだっているのです。

もちろん放送局は汗をかいています。1991年に「放送番組センター」が番組の収集、保存事業を始めて以降、努力が積み重ねられてきました。そして2008年12月、「NHKオンデマンド」がスタート。高速ネットで番組ライブラリを提供し始めました。開始当初は1000本で、その後年1000本をめどに追加されているといいます。そのころから民放もネット配信を強化しています。

しかし、まだまだです。例えば、フランス。国立視聴覚研究所(INA)は、放送法に基づいてフランスの「全て」の放送番組をアーカイブしています。2006年にはネットサービスも開始。その番組本数は10万本。NHKオンデマンド開始時の100倍です。それを国が直接進めています。映像資産を蓄積し、公開することが国の文化・産業戦略とされているのです。気合いが違います。

日本の政府も対策に乗り出しています。このほど取りまとめられた「知財ビジョン」には、「文化資産のテシタル・アーカイブ化の促進」という項目が盛り込まれました。放送番組や映画、音楽、ゲーム、写真などの蓄積と発信を推し進めるといいます。総合戦略です。

実は日本は録画大国。家庭で番組を録画する人がとても多いのが特徴です。とすれば、みんながおうちに隠し持っているお宝映像をつないで寄せ合えば、豊かなデジタル映像列島ができあがります。ま、拙宅の場合は、それならムダに持っているビデオを早く処分しろと迫られるのですが。

ネットがテレビ視聴を変えています。テレビとコンピュータは融合し、放送とネットは結合します。

「4K」テレビが売れているそうです。画素数がハイビジョンの4倍ある、つまり、4倍キレイなのだといいます。地デジで十分キレイになったと思いましたが、欲は尽きないんですね。

もっとキレイで大きな画像が欲しい。壁いちめんを美しいテレビにしてしまいたい。4Kテレビ向けの放送は来夏のサッカーW杯まで始まらないというのに。じゃあ何を見るの?ネットの映像だそうです。テレビというより、大きなパソコンですね。

しかも、もうその次の、ハイビジョンの16倍キレイな「8K」というテレビも登場しています。放送の本格化は東京五輪のころだそうです。目の前に置かれた実物よりキレイってな具合の、映像の極致。家の壁よりも大きなサイズで見てみたい。家で見るより、巨大街頭テレビでみんなで騒ぎたい。テレビというより、映画ですよね。

いや、しかし近頃どちらかというと、画面は小さいですよ。茶の間のテレビにはチャンネル権がなくて、オヤジはワンセグであります。トイレやふとんで秘やかに愉しむのです。ガラケーからスマホに買い換えて、少しばかり画面が大きくなったことに感謝致します。オヤジの大画面というのは、その程度であります。

女子高生も、タブレットのことを大画面と呼びます。そう、画面の大きさはケータイが基本になっているんです。50インチのテレビなんて、チョー巨大なのです。手のひらサイズから、タブレット、中型テレビ、大型テレビ、チョー大型スクリーン。

これをケータイやスマホ、パソコン、テレビや映画、と呼び分けるのは意味がなくなりました。どの画面も放送の電波を受け、ネットにもつながります。どの画面もテレビであり、コンピュータであります。

んなこたあ、言われなくても、視聴者はわかってます。テレビで番組を観ながら、パソコンで検索し、スマホのソーシャルメディアでつぶやく。いくつものスクリーンを自在に使い分け、放送も通信もごちゃ混ぜにして、コミュニケーションをむさぼる。ウチの息子のことですが。

こいつは大変だ。テレビ局は放送の電波でテレビに番組を送っていました。ネット会社は通信回線でパソコン向けのサイトを届けていました。通信会社はケータイ無線でモバイル情報を流していました。ところが受け取る個人は、その全部を同時に受け止め、自分で編集して楽しんでいます。

すし屋とフレンチと餃子店が軒を連ねるフードコートで、自分好みのおかずでマイ定食を組み立ててるみたいなもんですかね。それだと、和洋中折衷のいい定食屋ができたら客をさらわれるかもしれません。

メディア折衷の、やっかいな時代になりましたよ、という一席でした。


編集部より:このブログは「中村伊知哉氏のブログ」2013年12月30日の記事を転載させていただきました。オリジナル原稿を読みたい方はIchiya Nakamuraをご覧ください。