IEEE802.11 次世代無線LAN au に決定か?

真野 浩

 今週ロサンゼルスで開催されていた無線LANの標準を決めるIEEE802.11 Wireless Interim会合の最終日に、次世代無線LANの標準を決めるためのプロジェクトをスタートする事が正式に決定された。

 具体的には、昨年五月にアゴラに書いた記事で解説した、HEW-SG(High Efficency Wireless LAN – Study Group)という、スタディグループによって、正式に標準化を推進するタスクグループ設置を求めるPAR(Project Authorization Request) が合意された。
 
 この文章では、東京などのとても混雑している公衆無線LANの環境において、利用者一人当たりの利用速度であるスループットを4倍にするという目標も承認された。

 今日の時点では、IEEE802.11 というワーキンググループにおける合意であるが、3月に開催されるてExecutive Committee など上位の決議をへて、認められれば5月から標準化の仕様を作成するタスクグループが活動を開始する。

 今日のIEEE802.11WGの総会では、このタスクグループとしてauを採用するかについて、非公式投票が行われた。一回目の投票で一番の支持を獲得したのがauだった。

 残念ながら、続く上位二つによる決戦投票の結果、僅差で非公式投票の結果は、二番手になったが、これはまだ十分に本命として期待されることから、今後の動向が注目される。もし、auが採用されはば、日本から世界初ということになる。

  すでに、先週の日経新聞の記事で、「街角でサクサク動画 公衆無線LAN、LTEの10倍速に」とあり、今回の採用が決まれば、さらにその4倍で、なんとLTEの40倍速になり、もうサクサク動画どころか、瞬きしてる間にハイビジョン映画がダウンロードできたりしちゃうわけで、世界最先端のWi-Fi端末を唯一所有してると思われる、同記事中に登場する鈴木将樹さん(仮名、39歳)もびっくりだ。


 さて、こう書くと、多くの読者の方は、おお….やるなauと思われるかもしれない。
 でも、ごめんさない、この話は、実は釣りです。
 ただし、タスクグループの設置とその目標は事実です。
 あいにくと、私はどこぞの社主のような胆力がないので、このあたりであっさり白状しちゃいます。

 IEEE802.11では、こういう決議の結果、タスクグループを設置することになると、IEEE802.11の後ろに標準化仕様の識別のために、アルファベットをつけます。
いま、普及している11a/b/g/nとか前述のサクサク動画の記事にでてくる11acみたいに、IEEE802.11○○となります。

 今回非公式投票したのは、このアルファベットとして、何をつけるかということです。基本的には、a,b,c….zと順に付与し、1文字が終わったので、aa,ab,ac….となって、今現在の最新のタスクグループは、aqとなっています。
(因に、私が議長を務める高速認証はaiです。)
ただし、数字と間違えやすいOとか、他の規格と間違えやすいものなどは、飛び番号となります。

 今回は、順番からいくとarとなるのですが、このような飛び番ルールから、候補としてar,au,axの三つの候補が提案されて、非公式投票となり、auが最初の投票で一番人気となったというわけです。

 ということで、いづれにしても、次世代無線LANの仕様の策定がはじまりますが、米国では既に5GHz帯の電波の再編がホワイトハウス主導ではじまっています。
 これを受けて、携帯用の半導体最大手のクォルコムは、LTEを無線LANと同じ、免許不要の帯域で利用する方式を提案しています。
 標準化方式において無線LANに代表される自営通信と、携帯電話に代表される事業者通信が、おなじ電波資源を取り合う競合関係になるという、新しい電波資源を巡る戦いがはじまります。

 今回、私がこんなパロディ記事を書いたのは、この次世代無線LANの標準化のスタートを伝える事が目的ではありません。なぜならば、まだまだこの標準化は、具体的な技術議論やその範囲の議論などが、十分に固まっておらず、やれ何十倍速だなんていうキャッチーなコピーを書くのは、多くの人の誤解招くだけだからです。

 ところが、我が国のトップ経済紙さんは、どういう取材ソースをお持ちなのか解りませんが、IEEE802.11の会合にあわせて、
「無線LAN速度10倍 NTTなど20社で国際規格 3年後実用化へ」とか、
「1秒で映画3本受信 五輪にらみスマホ高速通信 」という、事実誤認満載の記事を連発しています。
 このあたりは、妄想新聞vs虚構新聞で、解説させていただきました。

 しかも、先週は署名つきで、まったく技術的な取材をしていないか、あるいは解っていて恣意的なのかと疑いたくなるような内容の「街角でサクサク動画 公衆無線LAN、LTEの10倍速に」が掲載されました。

 私は、同社の記者の方に知り合いもしますし、私のインタビューなども記事として取り上げていただいたことも何度もあります。また、そういう記者の中には、実際にIEEE802の会合に、自ら参加、取材し技術的な見識を持ち、事実誤認のない記事を書かれている方も沢山います。

 一方で、先に掲げたような記事は、正しい事を伝えるというよりは、あきらかに衆目を集める事だけを狙っているとしか思えない低質な内容です。これは、彼らメディアがこぞって糾弾した、食材偽装のレストランやホテルと本質的に同じではないでしょうか。

 というわけで、国際標準やメーカーの現場で日々戦っている者からすると、こういう低質なキャッチコピーは、昨年五月にアゴラに書いた記事メディアが阻む国際技術競争力で解説したように迷惑千万であるとともに、技術系でない分野の人にも、多くの誤解を与えているのです。

 こんな背景と過去の動向から、今回はまたしても同様な記事が発表されることを恐れて、切っ先を制する意味でちょっと戯れ言を書いてみたわけです。