ウクライナ情勢の宗教的側面 --- 長谷川 良

アゴラ

ウクライナ情勢はヤヌコビッチ政権の事実上崩壊、早期大統領選の実施決定など急展開してきた。一方、ウクライナを将来のユーラシア連合の一員と考えるロシアのプーチン大統領は、ソチ冬季五輪大会の閉幕を受け、本格的にウクライナ情勢に干渉してくることが予想される。

そこでウクライナ情勢の背後で同国の政情に少なからず影響を与えている同国の宗教界の動きをまとめておく。


ウクライナ全土で2月23日、警察官とデモ隊の衝突で犠牲となった80人の慰霊ミサが行われた。ウクライナ正教会のフィラレット総主教は「われわれは兄弟姉妹として愛すべきだ」と呼びかける一方、「多くの犠牲を出した紛争の責任者は処罰を受けなければならない」と主張した。

同総主教の発言で注目すべき点は、分裂して20年以上になるウクライナ正教会(キエフ総主教庁系)とモスクワ総主教庁系のウクライナ正教会の再統合を提案し、「教会の再統合はウクライナ国民の一体化をもたらすはずだ」と述べていることだ。
 
ウクライナの主要宗派、正教会は3つに分裂している。神学的な違いは少なく、地域的、歴史的、政治的思惑から分裂してきた経緯がある。

ウクライナがソ連から独立した直後、モスクワ総主教庁から独立したキエフ総主教庁系ウクライナ正教会が最も多くの信者を有し、それについでモスクワ総主教庁系のウクライナ正教会、そして独立正教会だ。

正教会以外では、ポーランド国境線の西部を中心にウクライナ東方カトリック教会が強く、プロテスタント系教会、ユダヤ教も存在する。

ウクライナ情勢がプーチン大統領の出方に影響を受けるように、ウクライナの宗教界もロシア正教会のキリル総主教の意向を無視できない。

そのキリル総主教は23日、書簡を公表し、そこでウクライナの内戦の終焉を要求、「隣国で多くの犠牲者が出ていることに耐えられない痛みを感じる。全ての正教会はウクライナの平和と兄弟紛争の解決のために祈ろう」と述べている。

ロシア正教会の本音は、ウクライナ正教会(キエフ総主教庁系)が今回の紛争でその国民の支持を拡大し、影響力を強めることへの恐れだ。ロシア正教会はウクライナ正教会を依然、自身の管轄内と受け取っている。だから、ウクライナ紛争でキエフの正教会の影響力が拡大することは好ましくないのだ。

ちなみに、モスクワ総主教管轄のフセボロド・チャプリン大司祭は1月末、「ウクライナを部外者の手に渡さないためロシアはモスクワに干渉すべきだ」と要求したほどだ。

以下、その他のウクライナ宗教界の動きをまとめる。

①ウクライナの正教会評議会と宗教同盟は22日、大統領の解任後、ウクライナの分割を警告し、「領土の分割を主張する分離主義は神と民族の将来の世代への罪だ」と批判する声明文を公表した。宗教同盟はウクライナの宗教団体、18のキリスト教会、イスラム教、ユダヤ教が所属、ウクライナの宗教団体の約75%が所属している。

②キエフのユダヤ教ラビは22日、ウクライナの紛争で反ユダヤ主義的襲撃が増加しているとして、「ユダヤ人は外出せず、家に留まるように」とアピールしている。ウクライナでは2012年の時点で約25万人のユダヤ人が住んでいる。

③ローマ法王フランシスコは19日、一般謁見でウクライナの政治家と国民に向かって「暴力を行使してはならない。国の平和のために努力すべきだ」と呼びかけた。
バチカン放送独語電子版が22日報じたところによると、キエフの独立広場でカトリック信者たちが、2004年、故ヨハネ・パウロ2世によって奉献された十字架を掲げ、和解を呼びかけた。キエフのカトリック教会の司教補佐は「この十字架はウクライナに希望をもたらす」と述べ、パウロ2世とヨハネ23世が列聖を受ける4月27日まで独立広場で掲げられると表明している。

ヤヌコビッチ政権の崩壊を受け、ウクライナが東部のロシア寄り地域と親欧州派の西部に分裂するのではないか、という懸念の声が出ている。それだけに、ウクライナの宗教界の責任も大きい。


編集部より:このブログは「ウィーン発『コンフィデンシャル』」2014年2月25日の記事を転載させていただきました。オリジナル原稿を読みたい方はウィーン発『コンフィデンシャル』をご覧ください。