明治憲法に回帰する自民党の憲法改正案

池田 信夫
憲法改正のオモテとウラ (講談社現代新書)

安倍首相は今年に入って、憲法改正に向かって走り始めた。一般論としては私は憲法改正に賛成だが、本書を読むと自民党の第二次草案にはとても賛成できない。著者(現都知事)は第一次草案を書いたが、第二次草案は改悪だという。

自民党が野党に転落してから、改正チームが右派主導になり、立憲主義が否定されて明治憲法に回帰する傾向がはっきり出てきた。「個人」という言葉が削除されて「国民はすべて人として尊重される」という奇妙な条文になり、「家族の相互扶助」や「良き伝統を継承する」といった規定が入って復古的な色彩が強まった。


憲法改正というと第9条ばかり話題になるが、自民党内では9条をめぐる論争はほとんどなかった。第1項は今のままで、第2項の「戦力を保持しない」という規定を廃止することは合意され、軍の名前を「自衛軍」にするか「国防軍」にするかで論議があったぐらいだ。これも現に自衛隊が存在するのだから、それほど差し迫った問題ではない。

今の憲法の最大の問題は、参議院が強すぎることだ。これは自民党の一党支配が続いているときは大した問題ではなかったが、政権交代が起こるようになると国会が麻痺してしまう。ところが一院制にする原案に参院自民党が強く反発し、59条を改正して衆議院の過半数で再可決する改正にも反対したため、参議院はまったく手つかずになってしまった。

JBpressにも書いたように、私は59条こそ憲法改正の最大の意義だと思う。他の条文は各党の合意がむずかしいので、自民党は59条だけにしぼった改正案を出してもいい。ところが参議院の位置づけをまったく変えないというのだから、自民党の改正案には何の意味もない。それは今の「決められない政治」を果てしなく延長するだけだ。

先日の「言論アリーナ」でTobias Harrisもいっていたが、憲法改正には緊急性がない。公明党が与党にいるかぎり、改正は無理だろう。それより内閣に権限を集中させて政治家が官僚をコントロールするなど、今できる行政法の改革はたくさんある。まずそういう現実的な改革をすることが安倍首相のpolitical capitalの合理的な使い方だろう。