ウクライナ危機ーオバマ政権の外交戦略不在とこれからの巻き返し

2014年03月23日 15:27

3月16日のクリミアにおける住民投票で、投票者の90%以上がロシアへの編入を希望するという結果が出てきて、プーチン大統領はクリミアの独立承認、クリミアのロシア連邦編入へのプロセスを国内でスタートさせ、21日にはクリミアのロシア編入条約を締結。22日にはロシア兵がクリミア内のウクライナ軍基地を制圧しました。

アメリカとEUは、対ロシアへの制裁を発動。日本もこれに同調するようです。


ウクライナのEU加盟プロセスをめぐって昨年の11月からくすぶり続け、2月よりこちらは首都キエフをはじめとして各地で流血の惨事を引き起こし、現職大統領の逃亡という事態をみたウクライナ状勢。同国をめぐる外交上の駆け引きはめまぐるしく、次のレベルに突入したようです。

ネット上の意見を散見すると、一連の騒動を「プーチンの一人勝ち」とみている方々も多いようですが、私はこれはちょっと違うんではないかと思います。

分析が浅い(不在?)の日本のニュース・メディアは言うおよばず、西側メディアも従来から反プーチン、反ロシア一色でしたので、バランスのよい情報を入手するのが困難ですが、最近ロシアの立場に立った現状分析から興味深い発言をしているのが、ニューヨーク大学、プリンストン大学でロシア研究を専門にしていたスティーブン・コーエン元教授です。

コーエン教授に言わせえば、プーチン大統領は従前から危機感をもってウクライナ状勢を注視。2009~2010年の経済危機の中で、親米・親EU勢力をおしのけて、親ロシアのスタンスだったヤヌコヴィッチ大統領が就任して一安心していたところ、昨年11月にEU加盟プロセスの第一歩ともいうべき、合意書締結をめぐって国内の反政府勢力の活動が激化し、キエフの町を占拠したデモ勢力との間の停戦合意も数時間しかもたず、身の危険を感じたヤヌコヴィッチ氏は職場放棄してしまいました(2月22日)。

ウクライナはロシアにとっては西側勢力との間の地理的緩衝帯です。従前よりプーチン大統領はアメリカに対して南部に国境を接するグルジアと、西部ウクライナには手を出すなと意思表示していました。

ところがグルジアでは2003年のバラ革命により親米・反露のサアカシュヴィリ政権が樹立されただけではなく、2008年にはグルジアの南オセアチア州をめぐってロシア・グルジア戦争が勃発。この紛争でのグルジア劣勢が遠因となりサアカシュヴィリ氏は失脚し、2012年・2013年の選挙で対露関係の改善を求める勢力が政権についたものの、グルジアは依然EU・NATO加盟への姿勢を修正していません。

今回のウクライナ状勢はこのグルジアと似たような軌跡を描いています。ウクライナがEUへの歩み寄りの姿勢を示し、EUがその条件としてウクライナのロシアへの依存関係を縮小を求めたことで、ロシアは西においてもその影響力後退の危険が発生したわけです。

今回のクリミアの趨勢から、プーチン大統領が一手先んじているとみるむきもありますが、プーチン大統領としては、NATOに代表される西側勢力との地理的緩衝帯としてのウクライナを保全することが本来の目的であるはず。ソチオリンピック開催中により、有効な手を打てないまま、親露ヤヌコヴィッチ大統領を逃亡させてしまったことは、ロシアにとって大きな失策です。

プーチン大統領にとって、とりあえず住民投票の結果をもってクリミアを保全できたのは、成果と言えば成果ですが、前回ヤヌコヴィッチ大統領が制した2010年の大統領選挙の票読みからも、クリミアを除いたウクライナでは、ウクライナ東部の親露地域の票をかき集めても、親露候補がウクライナ大統領の地位を射止めるのは難しくなります。ロシアのウクライナへの影響力は大きく後退したのです。

ウクライナの政情がここまで切迫してしまった理由は、ウクライナの政治腐敗がその大きな原因です。冷戦終結以降、旧ソビエトブロックの東欧諸国が一定以上の経済発展を享受した中で、ウクライナだけは経済が停滞。政治エリートはロシアから天然ガスを西ヨーロッパに供給するために、ウクライナ国内を通過するパイプラインからガスをネコババするなど、その地位を利用した汚職・不正がまかりとおっていました。これらの腐敗は、2004年のオレンジ革命でウクライナの政権を手中にした、親EU・民主派勢力のもとでも改善されるどころか悪化したのです。親露のヤヌコヴィッチ大統領が、2010年の大統領選挙を制したのも、こうした腐敗政治に対するウクライナ国民の断罪の結果だったのです。(この選挙は国際機関の監視の下、公正であったとされています。)

しかしヤヌコヴィッチ大統領も腐敗政治を継承。昨年末から起ったキエフのデモを当初支持していたのは、親EU政策をサポートするグループというよりも、こうした不正政治家連中に抗議するウクライナの穏健派マジョリティーだったのです。その証拠に、ヤヌコヴィッチ大統領の逃亡とともに刑務所から解放された、ティモシェンコ女史(オレンジ革命後の首相、2010年選挙時の大統領候補)がデモ隊の前に姿を現し演説した際、群衆の反応は冷ややかなものだったといいます

現在、キエフのデモ隊は、当初の穏健派に代わって、極右・過激派勢力がその影響力を浸透させてきています。その内のひとつが、スボヴォダ(自由)党。最近、この党に属する議員たちがウクライナの国営テレビ局に乱入し、そのトップにムリヤリ辞職を迫るという事件が発生しています。その理由が、クリミア編入をロシア議会に提案するプーチン大統領の映像をテレビで流したからだとのこと。去年の12月の時点でこのスヴォボダ党のチャニボク党首とともにキエフのデモ隊の前に登壇し、「アメリカは君たちと共にある!」とアジ演説をぶってしまったのが、アメリカのマケイン上院議員。ご老体、いささかご短慮でございました。

しかしマケイン上院議員の勇み足より深刻だったのは、アメリカ国務省の高官、ヴィクトリア・ヌーランド女史とアメリカの駐ウクライナ大使、ジェフリー・パイアット氏との電話会議の内容がリークされてしまったことでした。この1月28日の時点での会話で、ヌーランド女史は、改革を目指すウクライナ民主連合の党首、元WBCヘビー級チャンピオンのヴィタリ・クリチコ氏がヤヌコヴィッチ大統領失脚後の政権に参加することに難色を示し、スボヴォダ党が限定的に新政権に参与することが望ましいとの意見を呈しています。

スノーデン事件以来の緊張の中で、アメリカ政府の高官がここまでコミュニケーションのセキュリティに鈍感だったというのもおそれいりますが、まだヤヌコヴィッチ大統領が在職中の時期に、すでにアメリカ政府が政権転覆に向けて積極的に動いていたという確証をこうもむき出しに公開してしまったというポカはまさに前代未聞です。

この「ヌーランド・テープ」では、ヌーランド女史がクリチコ氏排除にからんで、「ファックEU」と暴言をはいていたことで、有名になりましたが、前出のコーエン教授の解題によると、以前はドイツに居住していたクリチコ氏はドイツのメルケル首相の意を含んでおり、したがって親EUの旗頭とみなされ、アメリカ政府にとっては彼が新生ウクライナの要職につくことは面白くない展開だということのようです。

ヌーランド女史やマケイン上院議員の暴走の背景には、アメリカ・オバマ政権のトップがこのウクライナ危機に対して、引き返しできない沸点に到達するまで無関心であったことがあると思います。

中間選挙をひかえた今年、オバマ大統領はオバマ・ケアとよばれる医療保障改革の宣伝に余念なく、外交問題のプロであるはずのケリー国務長官はもっぱら中東・イスラエルの和平プロセス(アメリカ国内ユダヤ人票につながる)に集中していた観があります。リークされたヌーランド女史の会話からも、こうしたアメリカ政権トップにおけるヨーロッパ戦略不在の中で「EUに抜け駆けされている。」という焦燥感が感じられると思うのも、私一人のうがち過ぎではないと思います。

クリミアの住民投票に関しても、住民投票の開催が決定されたところで対露経済制裁を発動させるのであればまだしも、西側に不都合な結果がでてきたところでこれを実施するというのは、下手を打っているとしか言いようがありません。

アメリカの外交戦略不在に困惑しているのは、プーチン大統領といえども同じでしょう。次善の策としてクリミアを抑え、既成事実として統治・支配を固めていくのは当然の方策とはいえ、アメリカの出方がわからなければ、落としどころ、いわばエンドゲームが見えてきません。キエフの暫定政権が代表するウクライナが西側に奔ることは避けがたいとしても、親露勢力が多数派をしめるウクライナ東部を、グルジアの南オセアチア同様、緩衝帯として保全したいと思っているはずですが、いまのところワシントンから出ているシグナルは真綿で首をしめるような経済制裁と、アメリカは軍事介入をしないという言質だけです。

CNNの人気国際状勢分析番組、「Fareed Zakaria GPS」は、親オバマ政権の番組だと私は感じていますが、この番組でここ数週間の間で面白い変化がみえました。3月2日の放映分ではブレジンスキー元大統領補佐官とオルブライト元国務長官という、かつての民主党政権の高官が対ロシア批判を開陳していましたが、3月16日の放映分では、アンカーのファリード・ザカリア氏が番組の最初に自説をのべ、その中で今回のクリミア併合がウクライナを失いそうになったプーチン大統領の窮鼠猫を噛む行為であったこと、そして今回のウクライナ危機が無責任なEUの拡張政策の産物であることを強調したのです。

なんどもいいますが、中間選挙をひかえ、オバマ・民主党としては今回の外交危機を、アメリカの優柔不断につけ込んだプーチン大統領の無謀と新冷戦状態の勃発という、結果として己の失策としてとらえられるフレーミングをきらい、あくまでもEUの行き過ぎによって引き起こされた地域的紛争に対して、アメリカが仲介役として和平をひらく、という筋書きにもっていこうとしているのではないか。私にはそういう気がしています。

クリミアの帰属問題を脇におくとして、今回の騒動の帳尻を合わせるためには、今後のウクライナの政治情勢にある程度の筋道をたて、その上で国内情勢の鎮静化を図らなければならず、そのためには崩壊しているウクライナ経済への資金援助をどうするかという問題を避けて通ることはできません。ウクライナ、そしてロシアとの関係正常化により、一番の利益を享受するのは輸出入と天然資源の供給安定により経済的恩恵を被るEUであり、EUはウクライナ経済再建への資金負担を一番に担がなければならない立場ですが、EUのふところ状態は金融危機以来火の車。ヤヌコヴィッチ大統領が在職中には資金援助を申し出ていたロシアですが、クリミア半島と引き換えに、経済制裁を受け、ウクライナ一国をかっさらわれた上に、金まで出せと言われては堪忍袋が堪らないでしょう。結局はアメリカとIMFの援助がキーとなるので、そこらへんがアメリカ政府のエンドゲーム交渉に起点になると思われます。

アメリカとロシアといった大国のメンツの狭間で、実利を追うEUですが、プーチン大統領にオバマ大統領以上に信頼されているといわれるメルケル首相はまったく表にでてきません。もっとも統一ドイツの繁栄は統一ヨーロッパにおいてのみ可能である、というコール元首相の政治的信条の継承者であるメルケル女史ですので、あくまでもEUを前面に押し出し、舞台裏の調整役に専念するのでしょう。なお、東ドイツで育ったメルケル女史はロシア語に堪能であるということも重要かもしれません。

オマケ

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