集団的自衛権と日米同盟の関係を考える --- 後藤 身延

2014年05月22日 07:00

現日本政府はなぜ今「集団的自衛権の行使」についての憲法解釈を変更しようとしているのでしょうか。先日の安部首相の会見では、「国民の命を守る」ために必要な事であると強調して説明されていましたが、公明党の主張するように現状の憲法解釈(個別的自衛権で対応できる)で十分という考え方もあります。解釈の問題はつまりどのように理解、判断するかなので、いろいろな見方、考え方があるものですが、国民にとって、何が良い選択なのかという視点で、この事を考えます。

まず、この憲法解釈の変更の事では、2つの側面から見ていきたいと思います。


まずは憲法学上の側面です。そもそも、「憲法は、国民の権利・自由を守るために、国がやってはいけないこと(またはやるべきこと)について国民が定めた決まり(最高法規)です。・・・中略・・・・国民のために、国民の権利・自由を国家権力から守るためにあるのです。」(日弁連HPより抜粋)。

とするなら、政府が憲法解釈の変更を言うということは、自らを縛る決まりを変更してほしいということであり、国民からみると違和感のある行為と思います。政府からすれば実情に合わせた解釈変更を提起しているというだけで、閣議決定、国会承認を経て解釈変更をすれば、国民の総意として有効であり、手続き上も問題がないという判断だとは考えますが、一国民の眼からすれば、どうしても政府の都合の良いように解釈変更するとしか見えず、大きな疑問を感じざる得ません。

次に政府の真意と地政学上の側面から考えます。現在の政府・与党は、憲法改正議論なども含めると、日本の防衛力、軍備を拡張したいように見えます。確かにアジア情勢(北朝鮮問題、中国との軋轢等)を踏まえて考えるなら、アメリカ頼りの防衛から国力(経済力を含めた)に見合った防衛力を持つべきであるとする考え方には同意できる、国民として理解できる点が多いと思います。「国力に見合った」軍事力のポイントには議論があるところと考えますが、更に軍事力を強めたいを政府が考えるのは理にかなっている(国民の視点ではなく政府の視点として)と思います。

戦争論の中でクラウゼヴィッツは「戦争は他の手段を交えた政治的な交渉の継続である。」としています。と考えるなら、政府が他国との政治的な交渉の中での軍事力の意味するところが理解できるます。

では、政府が軍事力を拡大させたい意図があると仮定した場合、今後、国民若しくは日本国にとってどのような作用が出てくるでしょうか。集団的自衛権や憲法改正の議論で、一部の国民からは、同盟国であるアメリカと他国との戦争に巻き込まれるのではないかとか、近隣諸国からは、戦前のような軍事大国更には軍国主義的な形になるのではないかとの不安論が出てきます。

確かに集団的自衛権の行使解釈を変更すれば、米国の戦争に巻き込まれる可能性は従来より増すと思います。ただ、直ちに方向転換して、懸念する事象が起きるとは考えにくいので、時間をかけてコントロールできる問題として議論を重ねていくことが必要です。むしろ、地政学上の問題をもっと真剣に考える必要があるのではないでしょうか。

少し歴史を振り返り、日英同盟を例えに考えます。日英同盟は、当時、ボーア戦争等で世界的な支配力が弱まっていた英国が、アジア特に中国を含む東アジアのまで手が回らなくなってきたことで、英国のアジア外交政策の一部を日本に肩代わりさせる意図で始まり、その後、英国に変わって米国が世界支配国に台頭してきたこととその米国のアジア戦略(アジアへの干渉を強める)で同盟関係が終わっています。このことは日本が大国の思惑の中で同盟関係があったということです。

更にその後、米国との太平洋戦争に発展しますが、ここでも米国のアジア戦略にとって都合の悪い存在になった日本、つまり、過大な中国への進出や米国の想定以上の軍事力(特に海軍力)があったのではないでしょうか。当時の日本としては、アジアの大国として、欧米の大国に肩を並べたつもりであり、国力に見合った軍事力を持ち、欧州諸国のように植民地を持ちたいと考えましたが、結果としては連合国側(特に米国)の真意を見誤ったことが戦争に発展したと思います。

このように歴史を振り返るなら、現在の政府の意図には諸外国、特に米国の真意をよく見極めることが必要と思います。最近、米国はモンロー主義(他国への干渉をしない)傾向にあると言われていますが、アジアにおいても従来より干渉(軍事的な面を含め)度合いを減らすのでしょうか。元CIAの分析官であるジョージ・フリードマンは、著書「100年予想」の中で、繰り返し、「米国は帝国であり、その帝国の維持発展のためにも世界のシーレーン確保(つまり海軍力)が要であり、同時に他の大国の台頭(シーレーンを自前で確保できるだけの軍事力を持つ)を許さないことが帝国には重要であり、そのために、各地域でのパワーバランス、均衡を保つことが必要である」と語っています。

このことがすべて正しい米国の国家戦略であるかどうかは分かりませんし、米国の意向が常に正しいとは考えませんが、現実的には米国が世界のシーレーンを守っていることを考えるなら、米国のアジア戦略を見極めた上で、日本があるべき戦略を考えなくてはならないと思います。そうしないと、意図しない方向や国民にとってよくない方向に行ってしまう可能性、危険性が出てくるように思います。集団的自衛権の憲法解釈を変更する政府の意図と米国の思惑が同床異夢にならないことを願います。

後藤 身延

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